小さな命の最後の砦、命をつなぐ赤ちゃんポスト。その存在の光と影。

国内に唯一の赤ちゃんポストが開設されて9年が過ぎました。初めてその名前を聞いた時に「命なのにポストって・・・」と何とも言えないモヤモヤ感が広がったのを憶えています。しかしこのポストでつながれた命が100人を超えていており、ポストのおかげで現在は里親の元で平穏に暮らせている子がいるのも事実。ポストが小さな輝くべき命の最後の砦である事は間違いないのですが、本当に大切な事とは何か?今一度考えてみたいと思います。

「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」とはどういうもの?

「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」とは、様々な事情で子供を育てる事が出来ない親が匿名で赤ちゃんを預けられる施設やシステムの総称です。海外では古くから同様の施設が存在していますが、現在日本国内では、2007年に開設した熊本市の慈恵病院にある赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」が唯一の施設となっています。

運用開始に当たり、予想通り様々な観点から大きな議論を巻き起こしました。

  • 安易に子供を産んで捨てる事を助長する
  • 匿名で預けられるために子供が出自を知る権利を奪う

この他、赤ちゃんを捨てる事を手助けする「遺棄幇助罪」に当たるのではないかという懸念などもあり、赤ちゃんポストのシステムに対する抗議、反対意見が多数を占めています。

しかし、親の手から離され消えかけた小さな命が、ポストに預けられて光を取り戻しこの世に命をつないで、戸惑いながらも笑顔を見せる瞬間があるのであれば、このポストは大切な命の砦である事も疑いようのない事実です。

どんな人が、赤ちゃんポストを利用するの?

この多くの人が拒否反応を示すシステムを利用せざるを得ない親たちにはどういった事情があるのでしょうか?みんな自分がお腹の中で温めた一つの小さな命を何の罪の意識もなく易々と預けているのでしょうか?

何も知らない他人があれこれ批判をするだけでは誰も救われません。赤ちゃんポストが存在する意味、そしてそこへ集まる命の背景を考えてみたいと思います。

望まない妊娠による出産

不安

どうしたら妊娠するのかなど性に対する正しい知識がないまま妊娠をしたり、知識はあっても現状の寂しさ、人恋しさから相手に避妊を申し出られないまま妊娠をしたり、あるいは強姦など犯罪によって妊娠をして、誰にも相談できないまま時間が過ぎてしまい出産に至るケースもあります。

この問題はやはり大きな割合を占めるのではないでしょうか。親に、特に父親側から望まれないままお腹で大きくなっていく命。その命と共に毎日不安に押しつぶされそうになりながら出産をした女性の心の闇。

母親本人が事の重大さを自覚出来ていないとしても、この先消える事のないこの心の傷の大きさは計り知れません。

本当は育てたい、しかし環境がそれを許さない

妊娠が判明した時は心の底から嬉しかった、妊娠した当時は愛情を注いで育てるつもりでいた。それでも逆らえない環境の変化により、その大切な命を泣く泣く手放さなくてはならない現実もあります。

それは経済的な問題、家族間の問題、健康上の問題、様々な不幸な条件が重なり、子供を手元に置いて育てる事が明らかに不可能な場合、または幸せに出来ないと悲観してしまう場合など。

子供は実の親の元で育てられれば、どんな環境でも幸せだという概念が時には通じない事もあります。愛するわが子を身のちぎれる思いで手放した親が存在することも決して忘れてなりません。

障害を持って産まれた赤ちゃん

ポストに預けられた赤ちゃんのうち、障害を持った子は一割ほどいるようです。それは赤ちゃんポストという特殊なシステムであるが故、割合として多いのか少ないのか一概には言えません。

しかし産まれてきたわが子に障害がある事が判明して育てて行くことに不安を感じて手放してしまう親がいるのも事実のようです。この場合も、前述のように望まない命としてしまったのか、泣く泣く手放したのかは定かではありません。

赤ちゃんポストが不要になる世の中に必要な5つの事

世の中には、外の光を見ることなくお腹の中にいる間に親の意思でその命を絶たれる赤ちゃん、または産まれてすぐに実の親の手にかけられその短すぎる命を絶たれる赤ちゃんも多数いるのが悲しい現実です。

その一方で、批判はあるにせよ赤ちゃんポストに預けられて、生みの親の存在を知らずに新しい人生を送っている子供たちもいます。

赤ちゃんポストの存在の賛否を問うよりも、それ以前に親となる各々がやるべきこと、更には社会の仕組みを考えてみたいと思います。

1.幼少時からの性教育が理想

愛

性教育というと、親も何かと恥ずかしさもあり中々積極的に家庭で行えません。親から何も聞く機会はなく、小学校の高学年の頃に保健の授業でさらっと習った記憶のある方もいるのではないでしょうか。

しかし小学校高学年と言えばもう思春期真っ盛り。特に現在は情報過多の時代です。今更授業で習わずとも様々な知識が頭に詰め込まれており、中には遊びや犯罪に巻き込まれた上に妊娠してしまう女児がいます。

歪んで間違った情報や、過激な性に関する情報を知らず知らずに取り込んでしまう前に、性行為をする事、避妊をする事、妊娠をする事、出産をする事、そして子供を育てて行く事について、まだ純粋に物事を理解しようとする幼少期から教える事が子供の将来において大切な基礎知識となります。

2.家族間の無関心を回避

家族

子供が大きくなると、親を疎ましく思って手の届かない所へ行ってしまうのは良くある事です。これを過干渉で追い過ぎるのは決して良いとは言えませんが、全くの無関心となってしまうのは親として避けたいものです。

思春期の子供が親の存在を突き放したとしても、親が同じように子供を突き放してしまうとどんな子供でも多かれ少なかれ心に傷を抱えます。時には抑える事の出来ない怒りに変わるでしょう。それが性犯罪の加害者被害者に繋がる事も多々あります。

普段は一定の距離感があっても、子供が悩みを抱えた時に迷いながらも最終的に親に頼れる関係を幼少時から築き上げることは重要です。

3.様々な事情を持つ家庭がある事を認める地域づくり

隣人がどんな人なのか全く無関心で暮らす都心の集合住宅もあれば、家庭内の小さなトラブルが翌日には町内に知れ渡ってしまうような住宅街もあり、地域によって雰囲気も人柄も本当に様々です。どこが住みやすいのかも十人十色。

しかしどんな地域であっても、それぞれの家庭の事情を見聞きして自分たちの型にはめ込み善悪を決めるのは避けたいものです。

例えば、もし若くて未婚の女性が妊娠をしてもヒソヒソ噂話をするのではなく、その事実を認め受け入れて付かず離れず見守る事が出来る地域の温かさが必要ではないでしょうか。

様々な事情を持つ家庭が人の目を気にして心を閉ざさなくても、胸を張って前向きに暮らせる地域づくりが望まれます。

4.他人の痛みを知る勇気

人は出来るだけ面倒な事、厄介な事には触れたくないのが本音ではないでしょうか。もちろん危険な事には首を突っ込まず適切な対応をする事が先決です。

しかし、誰かの悩みを知った時に言い方は悪いですが野次馬根性を出したり、無意識のうちに自分と比較して優位に立っている事実に安心したり。時に人の心は残酷です。

もし誰かが人に打ち明けられないような悩みを抱えていることを知ったら、前述のような気持ちがあったとしても、その後にもう一歩寄り添い、相手が何を望んでいるのか、どんな痛みを抱えているのかを考える勇気を持ちたいものです。

例えば、望まない妊娠が発覚した女性は事の重大さを理解しきれずに路頭に迷ってしまうでしょう。その女性にうわべだけの言葉を押し付けるのではなく、事実を共有して一握りでも痛みを分かち合い、目先の判断だけではなく、今中絶する事の意味、出産をして子供を育てて行く事の意味を話し合えるような人間関係が身近に存在する事が望まれます。

5.若いシングル家庭でも子育てが出来る国へ

子供を育てるにあたり経済面での不安が第一に上がります。例えば子育てに何もお金の心配が要らないと約束されているのであれば、親の手から離れずに済んだ子供たちはどれくらいいたのでしょうか?

しわ寄せは子供達に

しかし残念な事に今も昔もそんなにありがたい話はありません。経済的余裕がないなら子供を産むな!という意見もあるほどです。子供を産んでも育てられる経済力がなくて止むを得ず手放すか、もしくはもっと悲しい結果に置かれる子供たちが確かに存在しているのが現実です。

親も一人の人間である以上感情もあります。本来は親は自分の命と引き換えにしても子を守ると思われていますが、あまりにも不遇な環境に置かれたら心に歪みも生じて来ます。

周りからの理解も得られない状況で、内にこもる感情の矛先はやがて愛すべきわが子に向けられて行く悲しい流れを断ち切る方法はないのでしょうか?

一時的な支援ではなく環境の改善を

仕事

子供を手放さざるを得ない家庭に対しての一時的な経済的支援では何も解決出来ません。もっと根本的な改革が必要ではないでしょうか。

今の世の中において子育ての経済的支援を長期的に望むことは出来ません。それならば経済面で自立できる社会を作る事が最重要課題です。シングルはもちろん、両親が揃っている家庭でも経済的に困窮している親が子育てをするには、とにかく安心して働かなくてはなりません。

必要なのは働く場、子供を預ける場、不安を相談できる場、同じ境遇の仲間が共存できる社会の仕組みです。これは文字で見ればすでに存在しているのではと思われますが、そんなに簡単な事ではありません。

別枠であっても良い

働く場は現在でも一般の企業の中で子育て中の親が多数働いているのですからもっと努力をすればいいと思うかも知れません。不安を相談する場、仲間と共存できる場は探せば多数あるはず、と思うのが一般的な意見でしょう。

一方、子供を預ける場は保育園や幼稚園、その他色々な施設は存在していますが、現実に待機児童問題や悪質な施設も存在しているので、この件については誰しも改善が必要と思うでしょう。

しかし、上記すべてがどうしても難しい親も現実には多数存在しています。甘えや努力が足りないと後ろ指をさされ、もがき苦しんでいる様々な深い事情を抱えた親がいるのです。

こうした境遇の親たちが自立のために働く環境を一般企業の枠組みの中だけで考えるのではなく、もうこの際別枠として捉えても良い、こうした境遇の眠っている労働力を活用しなくてはならない!そのくらいの意識で国としても理解を深めて取り組んでほしいと切に願います。

子供が宝だと思える世の中へ

赤ちゃん 抱きしめる

子は宝。親にとってはもちろんですが、本来は社会においても未来を支える子供達は宝であるはずです。しかし現在は子供の声が騒音と言われたり、親にまで存在を否定されるような荒んだ現実を多々見受けます。その背景には様々な負の感情が積もりに積もっていて簡単には解決出来ないでしょう。

それでも、産まれてきた未来ある子供達を親と共に周囲が見守り支え合い、次の世代に明るく輝く命が受け継がれて行く世の中でありますように。その時にはきっと、赤ちゃんポストと言う存在も必要なくなって来るのではないでしょうか。

そんな未来が近く訪れる事を切に願っています。

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