大人1に子ども4人、ショッピングモールからの帰り道
「あの日の空は、まるで私の心を見透かしているかのように、どんよりと重たい雲に覆われていました」
そう語るのは、都内在住の主婦、美咲さん(36歳・仮名)だ。彼女は夫と4人の子ども(小4長男、小2長女、4歳次女、0歳次男)と暮らす。夫は仕事で多忙を極め、育児の大部分は彼女が一人で担っている、いわゆる”ワンオペ育児”の状態だという。
今回、取材に応じてくれたのは、数年前のある休日の出来事。その日、美咲さんは4人の子どもたちを連れて、大型ショッピングモールからの帰路についていた。
「楽しかったはずの休日の終わりは、いつも言いようのない疲労感と焦燥感に包まれます。特に子ども4人を連れての外出は、楽しい思い出を作るためのイベントであると同時に、一大ミッションなんです」(美咲さん、以下同)
駅のホームにたどり着く頃には、小学生組の口から「まだー?」「疲れたー」の合唱が始まり、ベビーカーに乗っていた4歳の次女・陽菜ちゃん(仮名)からは、「だっこぉ…」という、その時最も聞きたくなかったリクエストが飛んできたそうだ。胸には生後8ヶ月の次男・陸くん(仮名)を抱いている。
その陸くんを起こさないように、陽菜ちゃんをなだめすかす。
その一連の流れを、日に何十回と繰り返していると彼女は言う。
満員電車の中、泣き出す子どもたち
「朝から食事の準備と後片付け、洗濯、掃除。息つく暇もなく子どもたちを外に連れ出し、昼食を挟んでショッピングモールへ。楽しそうな笑顔が見たくて、ただそれだけのために、自分の体力の限界を超えてペダルを漕ぎ続けているような感覚でした」
ホームに滑り込んできた電車は、休日の夕方とは思えないほどの混雑ぶりだった。座席など到底望めず、ベビーカーを置くスペースを確保するのも一苦労だったという。
周囲の乗客に何度も頭を下げながら、どうにか乗り込むと、むっとした人の熱気が一気に体力を奪っていった。
「この時点で、私のHPはほぼゼロでした。額には汗が滲み、抱っこ紐が肩に食い込んで痛い。でも、私が倒れたらこの子たちはどうなるんだろうと思うと、どんなに辛くても立ち続けるしかありませんでした」
幸い、小学生の長男・海斗くん(仮名)と長女・美月ちゃん(仮名)は、すぐに空いた席を見つけて座ることができた。
それだけが、地獄のような状況での唯一の救いだったと美咲さんは振り返る。二人は座るやいなや、まるで電源が切れたかのように眠ってしまったそう。
突如として訪れる、静寂のひととき。
しかし、平和は長くは続かなかった。それまでおとなしくしていた胸の陸くんが、電車の揺れと暑さで目を覚ましてしまったのだ。そして、小さな口をへの字に曲げ、ぐずり始めたという。
それに呼応するように、ベビーカーで眠気の限界に達していた陽菜ちゃんが、ついに「うえーん!」と泣き声を上げた。
0歳と4歳の、絶望的なぐずりの二重奏が車内に響き渡る。
「あぁ…」
恐れていたことが始まってしまった…と美咲さんは思ったという。
誰にも見えない母親の奮闘
子どもは一度泣き出すとなかなか泣き止まない。少しでも不快を感じてしまうと、その不快を泣くことで表現しようとする。誰しも何度も経験があることだろう。
しかし子どもは泣くものという認識はあるものの、子どもの泣き声を「騒音」として捉える人もいる。
特に電車の中とい狭い空間の中だと、子どもの泣き声に不快感を抱く人は多いのかもしれない。
しかし、その裏で母親がどれほどの奮闘をしているのか、想像する人は少ない。
あやし、なだめ、原因を探り、周囲に気を配る。その全てを、たった一人でこなしているのだ。
この見えない努力と精神的な疲弊は、経験した者でなければ、本当の意味で理解することは難しいのかもしれない。
美咲さんが直面したこの状況は、決して特別なことではない。現代社会を生きる親が、必ずと言ってもいい程経験する、定番な姿である。