心地よかった距離感の変化
子どもがまだ小さかった頃、地域の集まりで仲良くなったママ友グループがありました。
月に一度は誰かの家に集まり、育児の悩みを相談し合ったり、困った時はお互いの子どもを預け合ったり。スマートフォンのグループメッセージは毎日のように通知が鳴り、他愛のない会話で盛り上がっていました。
「ちょっと距離感が近すぎるかな?」
時折、そんな風に感じることもありましたが、初めての育児で心細かった私にとって、彼女たちは暗闇を照らす灯台のような、なくてはならない存在だったのです。
しかし、子どもたちが少し大きくなり、それぞれの生活リズムが変わるにつれ、グループの関係性にも少しずつ変化が訪れました。
良かれと思った「共感」の罠
ある時期から、グループの中でも特に沙織さん(仮名)というママ友と、2人きりで会う機会が増えていきました。
沙織さんは明るく行動力のある人でしたが、2人でカフェに入ると、決まって家庭の悩みや、同じグループのママ友である美紀さん(仮名)への不満を口にするようになったのです。
「美紀さんも、こないだの集まりでちょっと冷たかったと思わない?人の悩み事に正論で返す感じの人だよね~」
当時の私は、悩んでいる沙織さんを慰めたい、味方になってあげたいという一心でした。波風を立てたくないという気持ちもあり、彼女が欲しがっているであろう言葉を、深く考えずに返してしまっていたのです。
「そうだね、それは大変だったね」
「確かに、そういうところあるかもね」
それが、すべてのボタンの掛け違いの始まりだとは、当時の私は気づく由もありませんでした。
すれ違う言葉と、広がる波紋
ある日、沙織さんと何気ないメッセージのやり取りをしていた時のことです。画面に表示された文面に、私は思わず目をごしごしと擦りました。
「この間愚痴った話だけどさ、うちの夫にあなたの意見を話したら『そんなこと言われなきゃいけないんだ!』って怒ってたよ〜(笑)」
頭の中が真っ白になりました。沙織さんの夫とは、家族ぐるみの付き合いで何度も顔を合わせています。私が沙織さんの愚痴に同調して言った言葉が、彼女のフィルターを通して、まるで私が意見を言ったかのように伝わってしまっていたのです。
「これはまずい。沙織さんの話に安易に同意したら、大変なことになる」
危機感を覚えた私は、少しずつ沙織さんと距離を置くようになりました。
振り返ってみれば、沙織さんはいつも周囲の誰かと小さなトラブルを抱えている人でした。「苦労しているんだな」と同情していましたが、少し客観的に見つめ直すと、彼女自身のコミュニケーションの取り方にも原因があったのかもしれません。
静かな教室で、見つけた平穏
やがて沙織さんとは自然と疎遠になりました。それ自体に後悔はありません。しかし、悲しかったのは、同時期に美紀さんからも目に見えて避けられるようになってしまったことです。
廊下で会えば会釈や挨拶は交わすものの、以前のようにプライベートで連絡が来ることは一切なくなりました。
理由は、火を見るより明らかでした。沙織さんが美紀さんに対して、自分に都合の良いように私の言葉を伝え、「私が美紀さんの悪口を言っていた」という構図が出来上がってしまっているのだろう、と。
(今さら美紀さんに弁明しても仕方ないし、アクションを起こす必要もないよね…)
そう自分に言い聞かせつつも、当時はショックでひどく心が沈み、一時期は精神的にも参ってしまいました。他人の言葉に振り回され、自分自身の言葉で人を傷つけてしまったかもしれないという罪悪感が、胸に重くのしかかっていたのです。
その後、下の子が生まれて幼稚園、小学校へと進む中で、私はあえて深いママ友付き合いをしない選択をしました。
先日、学校の授業参観に足を運んだ時のことです。周りのママたちが楽しそうに談笑している姿を見て、胸の奥がちょっぴりチクンと痛みました。ほんの少しだけ、寂しいな、と思う気持ちがあるのは事実です。
けれど、それ以上に、誰の顔色をうかがうこともなく、誰の愚痴に心を痛めることもない今の生活が、何よりも快適でした。
あの時の苦い経験は、私に「適切な距離感」と「自分の言葉に責任を持つこと」の大切さを教えてくれました。心がざわつくことのない、この穏やかで平穏な日常こそが、今の私にとって一番の宝物です。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










