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「終わり」を覚悟し始めた
母親の体力低下とともに、介護の負担も重くなっていました。やることが増えた半面、「終わり」が近づいてきたことも、覚悟し始めます。そして、介護から解放される気持ちと、母親にまだいかないで欲しいという気持ちが入り混じり、心がぐちゃぐちゃに乱れます。
しかしその晩、不思議なことが起こります。
まるで別人のような母
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声も出せないほど弱っていた母親。しかし、突然起き上がり、キクチさんとの会話を楽しみました。もしかして「治ってきた?」と期待してしまうほど、別人のように元気になった母親。
しかし、話している途中で、あることに気づきます。
やなり、治ったわけではなかった…
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今、母親と話せるのは最後だ…と、悟ったキクチさん。言いたいことをしっかりと伝えます。そして予想は的中し、翌日には弱った姿へ戻ってしまった母。それどころか、「せん妄」という幻覚を見てしまう症状があらわれます。頭ではわかっていても、変わっていく姿を目の当たりにするのはツラいですね。
着実に近づいてくる「最期」。覚悟はしていても、次々と起こる母親の体の変化に、戸惑ってしまいますね。そんな中、たっぷりと会話できた親子の時間。かけがえのない、貴重な時間だったことでしょう。自宅での介護は大変ですが、だからこそ、母親の変化を間近で感じ、家族で大切な時間を過ごすことができますね。
親をみとるということについて考える…
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この作品は、キクチさんが20代で母親の介護とみとりの経験したことを丁寧に描いています。母親とぶつかったり寄り添い合ったりしながら、何が1番母親のためになるのか、その都度考えて行動するキクチさんや周りの人たちの姿が印象的です。
高齢化が進む中、いずれは親の面倒を見なければいけないと思ってはいても、元気なうちはまだ大丈夫と考えている人もいると思います。しかし、いつ何が起こるか分かりません。
もしキクチさんのように、20代で親をみとることになったら…あなたにその覚悟はあるでしょうか。いざというときのために、親が病気になったり、寝たきりになったりした場合どうしたらいいのか、家族で話す機会を持つようにするといいですね。
『20代、親を看取る』は、病気で寝たきりになった母親の介護を通して、命との向き合い方や、亡くなった後に遺族がすべきことを学べる作品です。