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おかんさんは、母親が描いた日本画も自分の作品展で一緒に展示しようと提案しました。母親もその話に前向きでしたが、病状が悪化したため、残念ながら実現しませんでした。
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おかんさんは、自身の10周年記念イベントを開催する予定です。そのイベントでは、これまで母親が描いてきた日本画の作品を展示することに決めました。
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母親は自分の日本画をおかんさんの作品展に出すことに、少し恥ずかしさを感じています。
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おかんさんは、楽しそうに展示会の計画を立てています。
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母親はおかんさんが自分を元気づけようとしてくれていることに気づいています。
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おかんさんは、母親を元気づけるため、自分の作品展で母親が描いた日本画を展示することを提案しました。母親もこの提案に前向きな気持ちを持っていましたが、その後、病気の症状が悪化してしまい、実現は難しくなってしまいました。
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母親の余命宣告後の、親子関係の変化
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この作品は、作者・おかんさんの母親が末期癌と診断され、亡くなるまでのおよそ4か月間を描いています。母親は体調不良が続いていたため、長女とともにかかりつけ医を受診しました。すると、総合病院での精密検査を勧められ、その結果、ステージ4の癌であることが判明し、ホスピスへの入院も提案されました。
余命宣告を受けても、母親は趣味のグランドゴルフ大会に参加するなど、残された時間をできるだけ楽しもうとしているように見えました。しかし本当は、病気に対する不安や孤独感から、次女であるおかんさんに厳しく接することも多かったようです。おかんさん自身も幼いころから優秀な姉と比較され、実家で冷たい扱いを受けていたため、介護中は精神的に追い詰められることがたびたびありました。
それでも最終的に、おかんさんは病気が進行し、心身ともにつらくなった母親が甘えられる相手は自分しかいないと感じ、最後まで介護を続ける決意を固めます。
実はおかんさんは、母親が癌と診断される3か月前に、絶縁の意思を伝えていました。母親自身も自分の余命を知ったことで、おかんさんとの関係を修復したいと考え、残りの時間を娘とともに過ごそうと思っていたのかもしれません。
『桜が咲くまで』は実際の介護や看取りの場面での、感情の変化や葛藤を素直に表現した作品でした。
ゆらりゆうら(@yurariyuru2)さんのインスタグラム
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