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きょうだいの存在感が薄い私。これって少数派?
私は兄がいますが自身の人生において、親、夫、子供、友人、学校、仕事、同僚、趣味、この辺りよりきょうだいの存在は全然薄いです。
仲は至って普通ですが、特に何か相談してきたわけでもないですし、兄の影響で何か始めたこともないです。
だからなのか自分の子供にきょうだいを作ってあげたいとかも特に思いません。変な話どっちでもいいというか。
仲良くても逆に悪くてもきょうだいへの思いの強さが、自身の子供にきょうだいつくったあげたいor一人っ子にする!という考えの強さに比例するのでしょうか?
私みたいにどちらでもいいという人間は少数派な気がします。ということはみなさんそんなにきょうだいという存在がポジティブにもネガティブにも大きい人が多くいるのかと気になりました。逆に私みたいな人もいますかね?
自身のきょうだいとは仲が普通でも、大きな影響を受けた実感がないという投稿者さん。だからこそ、わが子にきょうだいを作ってあげたいという強い思いもあまり湧かないようです。
「存在感は薄い」という共感から「やっぱり大事」という体験談まで
この投稿には、さまざまな声が寄せられました。きょうだいとの距離感は人それぞれで、ライフステージによっても変わってくるのかもしれません。
自身のきょうだいの存在感は薄いと感じながらも、義父が亡くなった際に夫ときょうだいのつながりを見て「大事だな」と感じたという声です。日常では意識しなくても、人生の節目にきょうだいの存在が際立つことがあるのかもしれませんね。
きょうだいの影響は上位に入らないけれど、子どもは複数欲しかったという方も。「子どもにきょうだいを作りたい」という理由が、自身の体験とは切り離されているケースもあるようですね。
大きくなってからは、特に影響は受けませんし、仲はいいけどそんなに会う機会もありませんが(笑)
小さな頃(小学生くらい)はかなり受けてました。喧嘩もよくしましたが、弟が可愛くて可愛くて、幼いながらに守りたいなと思っていました。守りたいと思える存在は弟だけでしたね。(親には守られたかったです笑)
なので、慈しみの心?みたいなのは弟から学んだ気がします。
大人になってからの影響は薄くても、子どものころは弟から「慈しみの心」を学んだという方もいました。きょうだいの存在の意味は、年齢や環境によっても少しずつ変わっていくのかもしれません。
それぞれの家族観で
きょうだいとの関係が人生に与える影響は、人によってさまざまです。影響が薄かったからこそ、わが子にきょうだいをという強い動機が生まれないのも、自然なことかもしれません。それぞれの家族の形や希望に合わせて、選択していけるといいですね。
※本記事の作成にはAIを使用しています。










