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おかんさんは、似顔絵カフェでお客様に渡すための色紙を用意しています。その色紙に書くお礼の言葉として、「ありがとう」という言葉を、母親に書いてもらうようお願いしました。
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おかんさんは母親に対して、これまで複雑な気持ちを抱えてきました。しかし、今は母親の介護に全力で取り組むことを決意しています。
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おかんさんは似顔絵カフェでお客様に渡す色紙に添える言葉を、母親に書いてほしいと頼みました。
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おかんさんの母親は、小さいころから成績が優秀でスポーツも得意な女の子でした。就職後も会社で活躍していましたが、結婚をきっかけに退職し、その後は持っていた才能を十分に発揮する場に恵まれませんでした。
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おかんさんは、母親には最後の時を誰かのためではなく、自分自身のために生きてほしいと心から願っています。
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おかんさんの母親は、幼いころからとても優秀な子どもでした。就職した会社でも大きな成果をあげて活躍していましたが、結婚をきっかけに退職します。その後は、その能力を十分に活かせる場には恵まれませんでした。そんな母親の残された時間がわずかだと知ったとき、おかんさんは、最後くらいは自分のために生きてほしいと強く願うようになったのです。
🔴【続きを読む】「日本画を展示しよう!」前向きに立てた計画とは裏腹に、母の病状は悪化していった|桜が咲くまで
母親の余命宣告後の、親子関係の変化
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この作品は、作者・おかんさんの母親が末期癌と診断され、亡くなるまでのおよそ4か月間を描いています。母親は体調不良が続いていたため、長女とともにかかりつけ医を受診しました。すると、総合病院での精密検査を勧められ、その結果、ステージ4の癌であることが判明し、ホスピスへの入院も提案されました。
余命宣告を受けても、母親は趣味のグランドゴルフ大会に参加するなど、残された時間をできるだけ楽しもうとしているように見えました。しかし本当は、病気に対する不安や孤独感から、次女であるおかんさんに厳しく接することも多かったようです。おかんさん自身も幼いころから優秀な姉と比較され、実家で冷たい扱いを受けていたため、介護中は精神的に追い詰められることがたびたびありました。
それでも最終的に、おかんさんは病気が進行し、心身ともにつらくなった母親が甘えられる相手は自分しかいないと感じ、最後まで介護を続ける決意を固めます。
実はおかんさんは、母親が癌と診断される3か月前に、絶縁の意思を伝えていました。母親自身も自分の余命を知ったことで、おかんさんとの関係を修復したいと考え、残りの時間を娘とともに過ごそうと思っていたのかもしれません。
『桜が咲くまで』は実際の介護や看取りの場面での、感情の変化や葛藤を素直に表現した作品でした。
ゆらりゆうら(@yurariyuru2)さんのインスタグラム
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