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大変なのは人間だけ?動物学者に聞く「子育てを頑張らない動物たち」

赤ちゃんを育てるのは大仕事。授乳におむつ替え、離乳食…。やることが山積みの中、授乳間隔を気にしたり、パパの態度にイライラしたりとストレスは尽きません。動物学者の今泉忠明(いまいずみただあき)さんは「ほかの動物と比べて、人間のママは頑張りすぎ」と話します。人間が子育てに悩む理由は、生きるための学習本能に関係があるそう。動物たちの子育てにクスッと笑いつつ、人間の子育てについて考えてみましょう。

人間の子育ては「変わっている」

「子育てってね、本来は難しくないと思うんですよ」。そう話すのは、動物学者の今泉忠明(いまいずみただあき)さん。日本動物科学研究所の所長で、現在も動物の研究を続けています。

「自然界の視点で見れば、子供は放っておいても育ちます。野生では多くの動物が『産みっぱなし』。魚類、両生類、爬虫類の多くは卵を産んだら去り、子供が育つかどうかは運次第です。一方、子育てをするのは、鳥類と哺乳類。中でもとくに変わった子育てをしているのが、人間です」

今泉さんによると、人間とほかの動物の子育てには、ある違いが見られるといいます。

子育てそのものよりも「育て方」が悩みに

カメラマン大島さん撮影 Ⓒママリ

ほかの動物と人間の子育てにおける違いは、動物が学ぶ過程に関係があります。

「鳥類の一部が、生まれて初めて見た動くものを親だと学習してついていくことを『すりこみ』といいます。この学習は一生に一度で、その後は親からすべてを学ぶため『どんな大人になるか』は、すりこみの段階でほぼ決まるのです。

一方、人間は人生のさまざまな場面で『すりこみ』に近い学習をします。母親以外にも友達や異性との人間関係を認識し、人や事柄から多くを学ぶのです。どんな大人になるかは、教育や環境によって、いくらでも変わる。それが人間の面白さであり、複雑で難しい部分でもあるでしょう」

育て方で変わる子供の将来を思うからこそ、人間の親は子育てに悩むようです。

3歳ごろまでは、ただ愛情をかけるだけでよい

人間の育ち方は教育や環境で変わるとする一方「人間はもっと『頑張らない子育て』をしてもいい」と語る今泉さん。とくに3歳ごろまでは、細かい育て方を気にする必要はないといいます。

「チンパンジーを例に出すと、子供のおしりの毛が白いうちは『まだ言い聞かせても理解しない』とされていて、親も群れの大人も叱ったりしつけたりしないんですよ。その代わり、母親はずっと子供を抱いて愛情をかけています。

その分、おしりの毛が黒くなったら『一人前』と認識され、群れのルールを厳しく教え込まれます。これが人間でいうと3歳くらいの時期です。人間は全く同じとは言えませんが、3歳ごろまではしつけを気にするより、とにかく愛情をかけるのが理にかなっていると思いますよ」

0~3歳までの子育ての中で授乳や離乳食は人によって方法が違うため「これでよいのか」と悩みやすく、少し大きくなれば「トイレトレーニング」などのしつけに悩まされます。しかし今泉さんは、あれこれやらねばと焦らず、3歳ごろまでは愛情たっぷりに育てるだけで十分だと強調します。

頑張りすぎを解消!アニマル流子育て

さまざまな動物を研究してきた今泉さんに、悩めるママたちに知ってほしい動物たちの子育てについて聞きました。

飛行中も乳首にぶらさがるコウモリの子供

イラストAC

短い間隔でおっぱいを欲しがる赤ちゃんのママは、しばしば「授乳間隔」という言葉に頭を悩ませます。しかし、今泉さんは「動物はいつでもどこでも飲み放題」と話します。

「コウモリの子供は、母親が飛行するときでも、乳首にぶら下がったまま離れません。そのせいで、乳首は子供がくっつきやすい形状に変化しています。霊長類のオランウータンも、2歳半くらいまでは、ほぼずっとおっぱいに吸いつきっぱなしです。ただし、1950年代の興味深い研究で、母親を失った子ザルの前に『針金でかたどったサルにミルクをつけたもの』と、『タオルでかたどった母ザル』を出すと、タオルのサルにしがみつくという結果が残っています。子供にとっては、おっぱいよりもむしろ、母親のぬくもりに触れる安心感が必要なのでしょう」

「授乳間隔」という言葉は、動物の世界にはありません。また、親のぬくもりを感じているときが一番安心できるのは、動物にも人間にも共通するようですね。

「遊び食べ」で離乳するパンダ

イラストAC

0歳児ママを悩ませる「離乳食」。彩り、量、食べさせ方…、悩みを挙げればきりがありません。しかし今泉さんは「動物界でいえば、食べられるものの味を学ぶだけで十分」といいます。

「離乳食の本来の目的は、食事の自立です。たとえばパンダの場合、親が食べている笹をかじり、食べるまねをすることから始まります。これは食事の練習ではなく、ただの遊びです。それがやがて本当の食事につながるのです」

遊び食べはパンダの離乳食の基本。母親は「遊んでいないで食べなさい」などと叱りません。遊びから笹の味を学び、自分で食べられるようになれば満点だからです。

「生きるために食事を学ぶ」という原点に戻れば、離乳食はもっと気軽に「食べれば拍手、食べなかったらまた明日」という気持ちでいてもよいといえるでしょう。

新生児育児を担う新世界ザルの父親

イラストAC

家族という群れで生活をする人間にとって「パパ」は育児の戦力であってほしいものですが、パパの当事者意識のなさに悩まされることもあるでしょう。今泉さんは「男を巻き込むには最初が肝心」と話します。

「広鼻猿類(別名:新世界ザル)の一部の母親は、出産すると、すぐに父親に子供を託し、出産で使った体力を回復するため食べることに専念します。父親はその間ずっと、赤ちゃんを背負って過ごすのです」

なんともうらやましい、新世界ザルの母。今泉さんは、人間も見習える点があるといいます。

「ママの方が育児に慣れていると、つい『パパはきちんとお世話をしてくれないかも』と不安になり、赤ちゃんを任せにくくなるでしょう。しかし、命に関わる部分以外は、失敗して学ばせるのが一番。『はい、お願いね』と託してしまいましょう。すると男は自分なりにやってみるものです」

パパへの不安はさておき「あなたが責任をもってやってね」と託す勇気が、パパの当事者意識を生むのかもしれません。

子育ての「失敗」は、何度でもやり直せる

講談社より提供 Ⓒ講談社

今泉さんの家族は、父、兄、今泉さん、そして息子と三代そろって動物学者。幼いころから父の標本づくりを手伝うなど、研究に関わってきたといいます。その体験を著書『気がつけば動物学者三代』(講談社・2018年7月20日発売)で明かしています。

「研究の途中、僕はたくさんの失敗をしました。父が大切にしていた研究用の動物をうっかり逃がしてしまったこともあります。しかし、父は僕を叱らず、その失敗から学ばせました。そして気がついたら、動物学者としての道を進んでいたのです」

著書の中で、オランウーランの孤児に関するエピソードは、人間の子育てに通じるところがあります。

「育児放棄されたオランウータンの孤児を育てる施設のことを書きました。飼育下で育ったオランウータンは群れで子育てをした経験がなく、育児放棄をする例があります。人間界でいう『母性本能で良い親になれる』というのは事実ではないのでしょう。初めてのことで失敗するのは、子育ても例外ではありません」

人間も「私はママなのに子育てがうまくいかない」と悩むことがあるもの。しかし「失敗はして当然。人間は学ぶ動物だから、何度でもやり直せる。だから頑張りすぎなくていいんです」と今泉さんはアドバイスします。

研究のエピソードとともに「失敗から学ぶ」というメッセージをくれる今泉さんの新刊。気になる方は手に取ってみてください。

子育てのゴールは、子供が自分の力で生きること

カメラマン大島さん撮影 Ⓒママリ

今泉さんのお話から、人間は子供を思う気持ちが強いからこそ、子育てに悩みやすいことがわかりました。「よりよい子育て」を目指すのはよいこと。しかしそれを負担に感じたら、動物たちの子育てを思い出して「頑張りすぎていないかな」と自分に問いかけてみてください。

「人間も動物。子供の命だけは守って、失敗はどんどんさせて育てれば、子供は自ら生き方を学んで育つんですよ」と今泉さんはいいます。子育てのゴールは、子供が自分の力で生きること。ときには自分も子供も野生動物になったつもりで「生きていれば100点!」と考えてみると、スッと肩の力が抜けるはずです。

<写真:大島万由子>

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気がつけば動物学者三代

今泉先生が動物学者になるまでの経験や、研究の日々がつまった一冊。興味のある方はぜひ手に取ってみてくださいね。

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