弟夫婦の結婚が決まり、家族は順調に準備を進めていると思っていた。しかし挙式直前になって、弟から結婚式費用として60万円を貸してほしいと頼まれる。両親も頼れず、美雪は夫と相談の上、立て替えることに。
弟の結婚挨拶、家族の喜び
「先日、健太さんから私の両親に結婚の挨拶をしてくださいまして、私もこれから健太さんと温かい家庭を築いていけたらと思っています」
いつものリビングは、弟の健太とその婚約者・愛梨さんの結婚挨拶に緊張感が漂っていた。けれど、幼い頃から健太を見てきた私・美雪(姉)と両親からすれば、やけに落ち着かない弟の様子が可愛らしく、そして微笑ましかった。
「……ということで、愛梨のご両親からは結婚のお許しをいただいてて。その……いいかな?」
愛梨さんの挨拶が終わり、感慨に耽る両親の沈黙に耐えきれず健太が両親に確認する。緊張と気まずさが前面に出た健太の行動に、両親と私は思いがけず顔を見合わせて吹き出してしまった。その瞬間、場の空気が一気に和んだ気がした。
「ごめんなさいね、愛梨さん。あまりに健太が必死なもんだから」
笑って乱れた呼吸を落ち着かせながら、母が愛梨さんに穏やかに声をかける。続いて呼吸を整えた父が2人に声をかけた。
「愛梨さん。健太は少し頼りないかもしれないけど、どうぞよろしくお願いします」
そう言うと父は、愛梨さんに深々と頭を下げた。その光景を見て、私の結婚挨拶を不意に思い出した。緊張した様子ながら、精一杯の思いを伝える夫に対して、父は穏やかで誠実な態度で接していた。父の謙虚な姿勢を、私は今も変わらず感じている。
挨拶が終わると、軽い食事を取りながら談笑した。結婚式の計画を嬉々として話す弟夫婦に、私たちは温かい気持ちに包まれた。
結婚挨拶の後、両家顔合わせも行われたことを両親から聞かされた。愛梨さんのご両親も穏やかで話しやすい人だったようで、意気投合したこともあり、会話の大半は健太と愛梨さん、2人の思い出話になったらしい。両家の仲が良好であることを聞いて、私は安堵した。
しばらくして、弟夫婦から結婚式の招待状が届き、私は出席の返答をした。弟と義妹の晴れ舞台を、自分ごとのように密かに心待ちにしていた。
弟からの突然の相談
ところが、式の3週間前、珍しく健太から電話がかかってきた。
「姉ちゃん、あのさ、相談したいことがあるんだけど……」
電話越しに聞こえる健太の声には、切羽詰まったような緊張感が感じられた。
「何よ、深刻そうにして」
「その……結婚式の費用、一部だけ貸してくれないかな?」
結婚式の日程が迫っていたこともあり、健太からの相談に一瞬、言葉を失ってしまった。
「結婚式の費用って、予定は3週間後でしょ?どうして今なの?」
私は動揺をそのままに、健太に対してつい語気を強めて問い詰めてしまっていた。
「いや、その……式の予算はご祝儀込みで考えてたから、前払い分がちょっと厳しくて……」
弟夫婦の楽観に呆れつつ、私は目前に迫る式とそこに出席する人たちに想像をめぐらせた。晴れの席を楽しみにしている両家の両親を思えば、ここで姉弟喧嘩をしている場合ではなかった。
「……とにかく事情は分かった。いくら足りないの?」
「……60万。愛梨の家も同額貸してくれることになってて。でも、絶対ご祝儀で返せるから!」
60万、予想以上の大金だった。私だけでは余裕はなく、夫と出しあって何とか工面できる額だ。私は貸すことへの承諾をためらった。
「……それって、お父さんとかお母さんには相談したの?」
「うん。でも『そういうのは自分でなんとかしなさい』って言われてさ、姉ちゃんだけが頼りなんだよ……」
今にも泣きそうなくらい、か細い声になる弟に同情しつつ、大金なだけあって今すぐ貸すことはためらわれた。
「健太、1日ちょうだい。明後日までには返事するから」
「……分かった」
そう言って、その通話は終わった。
揺れる思いと決断
健太との通話を終えるとすぐに、私は父に電話した。
「もしもし、お父さん。健太の結婚式の件、聞いたんだけど」
「あぁ、美雪にも相談してたのか……。ごめんな、父さんと母さんは今はもう年金暮らしだし、最近腰を手術したばかりだから、そう簡単に出せる金額じゃないんだよ」
今回のことも父が悪いわけではないのだけれど、言葉の端々に父の自責の念を感じる。私はこれ以上、お金について父に相談することはできなかった。
「そっか、大丈夫。今回は、私と夫でとりあえず立て替えるよ」
なるべく心配をかけないよう、明るく振る舞って電話を切った。その夜、夫にもお願いをして私たち夫婦で60万を立て替えることとなった。さっそく健太に連絡すると、心から安堵した様子だった。
「本当に?めちゃくちゃ助かるよ、ありがとう!」
「夫婦で貸すから、ご祝儀入ったら必ずすぐに返してね」
「ありがとう!絶対返すよ」
弟の安堵の声に、私も一安心した。これで一件落着だと、そう思っていた―――。
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あとがき:家族だから、信じたかった
弟の晴れ舞台のためなら……。そう思って用意した60万円。大切な家族だから助けたいという思いが背中を押したのは間違いないでしょう。でも、心のどこかで、小さな不安が引っかかっていたのではないでしょうか。
「ご祝儀で返す」という言葉は、どこか頼りなく、現実的ではない気がしつつも、信じたい気持ちが先行していたことを感じるシーンです。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










