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るいは、幼稚園児の娘と優しい夫とともに、堅実に暮らしていた。そんな るいには、モヤモヤしていることがあった。それは、ママ友・綾のお金やマナーに対する価値観についてで…。
ごく一般的な家庭だけど、平穏な毎日
私はるい。都心から少し離れた閑静な住宅街で、幼稚園に通う娘と、実直な夫との3人暮らし。
私たちの家計は、決して「裕福」と呼べるものではありません。
夫の給料と私のパート代を合わせ、毎月、家計簿とにらめっこをしながら、娘の習いごとや将来のための貯金を捻出する…。
どこにでもある、一般的な家庭の日常です。
しかし、娘が幼稚園に入園してからというもの、私の平穏な日常に、少しずつ波風が立つようになりました。
「ママ友」との、人間関係が始まったからです。
お迎えの後の公園遊び…。休日のランチ会、そして、だれかの家でのホームパーティー。
子ども同士が仲良くなればなるほど、親同士の付き合いも避けられないものになります。それ自体は楽しい時間でもあるのですが、問題はそれに伴う「出費」でした。
「交際費」の捻出に頭を悩ませる日々
一回のお茶代は数百円、ランチなら1500円。小さな金額でも、回数が重なれば家計を圧迫します。
私は、ママ友との「交際費」を捻出するために、自分自身の服や化粧品代を削って調整していました。娘の将来や夫を労うためのお金は、最低限、残しておきたかったのです。
そんな折に出会ったのが、"綾さん"でした。
彼女は、私と同じ20代で、息子は私の娘と同じクラス。明るくて社交的、流行にも敏感で、彼女が話の中心にいると場が華やぎます。
最初は「気が合うママ友ができてよかった」と素直によろこんでいたのですが、付き合いが深まるにつれ、私は彼女の「ある一面」に違和感を抱くようになりました。
それは、お金に対する感覚が、おどろくほど「ルーズ」であるということでした。それはもう、こちらが辟易してしまうほどに…。
一度も手土産がないママ友
彼女の家で遊ぶことになった際、私は必ず手土産を持参します。
それが、招かれた側の最低限の"マナー"だと考えているからです。子どもたちがよろこぶ季節の果物や、小分けにされた焼き菓子…。時には、みんなで食べられるようにと、デパ地下のお惣菜を買い込むこともありました。
しかし、彼女がわが家に遊びに来るときは、その手に差し入れがにぎられていることは、一度もありませんでした。
「るいさん、おじゃましまーす!わあ、今日も部屋きれいだねー」
笑顔で入ってくる彼女は、いつも自分の小さなバッグ一つだけ。
手土産なんてもちろん持ってきていません。
私の用意したおかしをおいしそうに食べ、飲み物を何杯かおかわりし、夕方になると「たのしかったね、またね!」と嵐のように去っていきます。
不公平感にモヤモヤが募る
最初は、「忘れたのかな」と思っていました。
2回目、3回目と続くうちに、「彼女の家ではこれが普通なのかな」と、自分を納得させようとしました。
しかし、彼女は、私が彼女の家へ持っていく数々の差し入れを、当然のように受け取っているのです。自分がもらう時は当然で、手土産を持参することには、無関心…。
その不均衡な関係に、私の心にはじわじわと「憂鬱(ゆううつ)」という名の毒が回っていきました。
彼女の息子が、わが家のリビングでおもちゃを広げ、私が用意したジュースをこぼし、それを私が片付ける…。その横で、綾さんはスマホをながめながら、「あ、ごめんねー」と笑っている。
その光景を見るたびに、「私は自分の心がせまいのではないか」と自問自答し、同時に、彼女に対する拒否反応が強まっていくのを感じずにはいられませんでした。
この不公平感が、モヤモヤを助長させていったのです。
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あとがき:ママ友との感覚のちがい
どんな家庭にも、それぞれの価値観があるのは事実。とてもむずかしい問題ではありますが、一方が負担を感じ始めたら、るいの言うように「不公平」という感覚を抱いてしまうものかもしれませんね。
るいと綾の、訪問マナーに対する感覚のちがいが少しずつ見えてきましたね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










