少しずつ募り始めた違和感
「愛美、食配はじめたの?」
ある夜、義春が聞いてきました。
「そう!買い物に行く手間が省けて助かるよ。そういえば周子ちゃんも、私がはじめた直後に、同じサービスはじめたみたいだよ」
「へぇ、気が合うんだな」
そう、「気が合う」…最初はそう思っていた。 でも、私がバッグを新調すれば、その数日後には周子ちゃんが「これ、似てるでしょ?」と同じ形の、素材だけが少しちがうバッグを持って現れる。
「海斗、来月からスイミング通わせようと思って」と話せば、「みくも運動させなきゃと思ってたの!」と、同じ曜日の同じクラスに申し込んでくる。
「幼稚園どこにするか決めた?」
公園のベンチで周子ちゃんに聞かれた時、私は正直に候補の園を伝えました。
「うちはのびのび幼稚園にしようと思ってるんだ。"どろんこあそび"がたのしそうで」
「えー!ステキ!私もそこ、気になってたんだよね〜」
といった具合だ。 ※1
持ち物や子どもの習いごと、そして幼稚園まで…。「偶然」では片づけられないほど、周子からマネされることがふえ、違和感をおぼえます。
さらに、「マネされている」と感じる、決定的なできごとがおこります。それは、世界にひとつしかないはずの、テレビボード。夫が数か月かけて手づくりしたテレビボードとそっくりの家具が、周子の家のリビングに鎮座していたのです。
そして、周子のマネは加速していきます…。
同じ髪型に夫の服の系統まで…
周子ちゃんの「マネ」は、もはや持ち物だけにとどまらなくなっていた。
私が前髪をパッツンに切れば、次に会う時には、彼女も同じ髪型。
「最近、この化粧水に変えたら肌の調子が良くて」と言えば、翌週には彼女の洗面台に同じボトルがならぶ。 子どものトイレトレーニングの進め方、使っている補助便座…果ては、夫の服の系統まで。
「愛美ちゃん!最近トイトレどう?うちは愛美ちゃんが言ってたシール作戦を始めたら、みくもやる気になっちゃって!」
「……そう。お役に立ててよかったわ」
「本当、愛美ちゃんの選ぶものってまちがいがないから、助かっちゃう」
悪気も悪意もなく言う彼女は、私をほめているつもりなのかもしれない。 ※2
ほめられるのは、わるい気はしません。また、便利なサービスや子育ての手法を取り入れるのも、わるいことではありません。しかし、見た目や持ち物まで何から何までマネされるのは、正直気味がわるいですね…。
じわじわと個性を侵食されているような気がして、周子と距離をおくことに。空いた時間で愛美はSNSへの投稿をふやします。育児のこと、料理のことなど。いい気分転換になるため、たのしくつづけていた矢先、フォロワーさんから一通のDMがとどきます。「気になるブログを見つけたので報告します」というメッセージとともに、貼られていたリンクをクリックした瞬間、愛美は凍りつきます…。
SNSまでママ友にコピーされていた…
「娘のために手作りおもちゃをつくりました!」
「最近のおすすめ食材はこれ。私が試行錯誤して見つけた、最強の時短メニューです」
そこに書かれていたのは、数日前に私がSNSに投稿した内容そのものだった。
文章の構成も、紹介している商品のメリット・デメリットも…まるでカガミを見ているよう。
しかも、私が「フォロワーさんからおしえてもらった」と書いた情報さえ、彼女のブログでは「私が必死でしらべた結果」として、さも自分が発案したかのようにつづられていたのだ。
「ひどい。これじゃ、どっちがオリジナルか分からないよ」
私は怒りにふるえた。 彼女にとって私は、単なる「便利な情報源」でしかなかったのだろうか。
私のなやみ、私の工夫…家族との思い出。それらすべてを「コンテンツ」としてぬすまれ、彼女のはなやかな日常をかざるための道具にされている。 ※3
今度は愛美のSNSまでコピーし、まるで「鏡」のようにふるまう周子。恐怖と憤りを感じます…。
なぜ、周子は愛美にこれほどまでに依存するのでしょう?人生は選択の連続です。それを、自分の意思ではなく、ママ友のマネで決めてしまって本当にいいのでしょうか?自分らしく生きることの大切さに気づいてほしいと思います。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










