PTA役員となり忙しい日々を送る真帆は、ママ友の藤川と再び距離が近づく。社交的で頼れる存在だったが、真帆の夫が建築士だと知った途端、リフォームの図面を見てほしいと頼まれる。軽い口調での依頼に、真帆は戸惑いと違和感を覚える。
頼れるママ友との再会
春の風が少しずつ暖かくなってきた頃だった。
私は校門の前で、配布物の束を抱えながら深く息をついた。
「PTAって、思ったより忙しいなぁ……」
去年までは“誰かがやってくれているもの”くらいにしか思っていなかった。でもいざ自分が役員になると、会議、連絡、配布物の準備……想像以上にやることが多い。
「真帆ちゃ〜ん!」
後ろから明るい声が飛んできた。
振り向くと、軽く手を振りながら近づいてくる女性がいる。
藤川美咲。
息子同士が幼稚園年中のときに知り合った、いわゆる“ママ友”だ。今では同じ小学校に通い、さらに今年は偶然PTA役員まで一緒になった。
「お疲れ〜。もう配布物できた?」
「うん、今まとめてたところ」
「早いね〜、さすが真帆ちゃん」
そう言いながら、藤川さんは私の腕からプリントの束をひょいっと抜き取った。
「私も手伝うよ。ほら、こういうの2人でやった方が早いし」
藤川さんは手際よく紙を仕分けていく。
こういうところは、本当に頼もしい人だと思う。
社交的で、行動力があって、誰とでもすぐ打ち解ける。
幼稚園の頃から、役員の仕事やイベントの取りまとめなんかも率先してやってくれていた。
だから私は、ずっと思っていた。
“頼れるママ友”だって。
……ただ、ほんの少しだけ引っかかることがあるのも事実だった。
何気ない会話に潜む違和感
「そういえばさ」
作業しながら、藤川さんがふと思い出したように言った。
「この前、参観日来てたでしょ?旦那さん」
「あ、うん。恒一が仕事休みだったから」
「めちゃくちゃ優しそうだったよね〜」
くすっと笑いながら、藤川さんは続ける。
「なんか職人っぽい雰囲気だった」
「まあ、建築士だからね」
そう答えると、藤川さんの手が一瞬止まった。
「え、やっぱりそうなんだ」
「うん?」
「前に聞いた気がしたんだけど、ちゃんと覚えてなくて」
藤川さんは私の方をちらっと見て、少しだけ声を弾ませた。
「建築士なんだよね?」
「そうだよ」
「へぇ〜いいなぁ」
何が“いいなぁ”なのかはよく分からないけれど、藤川さんは妙に感心した様子でうなずいていた。
私はなんとなく、話題を変えようとする。
「陽翔くん、この前のテストどうだった?」
「あー、あの子全然ダメ。ゲームばっかりしてるから」
笑いながら答える藤川さん。
そんな他愛のない会話をしているうちに、配布物の仕分けは終わった。
軽すぎる「お願い」
「よし、これでOKだね」
私がそう言うと、藤川さんは満足そうに伸びをした。
「ふー、疲れた。真帆ちゃん、ちょっといい?」
「うん?」
藤川さんは周りを軽く見回した。
ちょうど他の保護者も子どもたちも帰り始めていて、校門前はさっきより静かになっている。
そして、少し声を落として言った。
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
「うん」
藤川さんはスマホを取り出した。
画面を何回か操作してから、私の方に向ける。
そこには、家の図面のようなものが表示されていた。
「実はさ、うち今リフォーム考えてるんだよね」
「あ、そうなんだ」
「中古の家買ったじゃん?去年」
「うん、言ってたね」
「それでキッチンとか、ちょっと変えたいな〜って」
スマホの画面を指で拡大しながら、藤川さんは説明を続ける。
「でもさ、業者の人の言ってることって、正直よく分かんなくて」
「うん……」
なんとなく嫌な予感がした。
胸の奥に、小さな違和感が浮かぶ。
そして──藤川さんは、ごく自然な顔で言った。
「真帆ちゃんの旦那さん、建築士でしょ?」
「……うん」
「この図面、ちょっと見てもらえない?」
私は一瞬、言葉を失った。
「え?」
「ほら、プロの意見って聞いてみたいじゃん?」
藤川さんは軽い調子で続ける。
「ここさ、壁抜けるのかなーとか、動線どう思う?とか」
画面を指差しながら、次々に話し始めた。
「業者の人は大丈夫って言ってるんだけど、本当かなって」
私はスマホの画面を見つめたまま、固まってしまう。
……ちょっと待って。
それってつまり、恒一に仕事の相談をしてほしいってこと?
それも、こんな気軽な感じで?
「あ、もちろん今じゃなくていいよ!」
藤川さんは笑いながら言った。
「家でサラッと見てもらうだけでいいから」
サラッと。
その言葉が、妙に引っかかった。
図面を見るって、そんな簡単なことじゃないはずだ。
私は建築のことは詳しくないけれど、それでも分かる。
恒一は仕事として、いつも真剣に図面に向き合っている。
それを──
“ちょっと見てほしい”
そんな軽い言葉で頼んでいいものなのだろうか。
「どうかな?」
藤川さんが期待するような目でこちらを見る。
断る理由を探そうとしても、言葉が出てこない。
「えっと……」
私は曖昧に笑うしかなかった。
胸の奥に、もやっとしたものが広がっていく。
このお願い。
簡単に「いいよ」と言っていいものなの?
でも断ったら、関係が気まずくなるかもしれない。
PTAも一緒だし、子ども同士だって仲がいい。
「旦那さん優しそうだったし、大丈夫だよね?」
藤川さんは悪びれる様子もなく言った。
私は小さく息を飲んだ。
──どう答えればいいんだろう。
困惑したまま、私はスマホの図面を見つめていた。
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あとがき:その「ちょっと」が招く違和感
何気ないお願いの中に、ふとした違和感を覚えることはありませんか。藤川は悪気なく、軽い気持ちで頼んでいるようにも見えます。しかし「プロに対する依頼」である以上、本来は対価や配慮が必要なはず。真帆が感じた“もやもや”は、決して気のせいではありません。人との距離が近いからこそ曖昧になりがちな境界線。この小さな違和感が、これからどのように広がっていくのか──次回に続きます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています。










