あの日も、そうだった。
恒一は先に寝室に入っていて、私はリビングで家事をしていた。
ようやく一息ついた頃、ふとイライラが込み上げてくる。
(なんで私ばっかり……)
そのまま寝室へ向かって、ドアを開けた。
恒一は、もう眠っている様子だった。
その顔を見た瞬間、抑えていた感情が一気にあふれた。
「ねえ、ちょっとくらい手伝うとかできないの!?」
思っていた以上に、大きな声が出た。
恒一が、はっとしたように目を覚ます。
「……なに?」
その一言に、さらに苛立ちが募る。
「こっちはずっとやってるんだけど。気づかないわけ?」
言葉を重ねるたびに、引き返せなくなっていく。
本当は、そんなふうに言いたいわけじゃなかったのに。
でも、止められなかった。
そのあと、言い合いになった。
何を言ったのか、細かいことは覚えていない。
ただ、お互いに感情的になっていたことだけは、はっきりしている。
気づけば、恒一は無言で立ち上がり、荷物をまとめ始めていた。
「ちょっと頭冷やしてくる」
そう言って出ていこうとする背中に、私は——
「勝手にすればいいじゃん」
そう吐き捨てた。
あのとき、引き止めることだってできたはずなのに。
ドアが閉まる音がしても、私は動かなかった。むしろ、そのまま鍵をかけてしまった。
まるで、自分から閉じ出すみたいに。 ※1
止められなかった…あの夜
日々の疲れとイライラが募り、つい言い過ぎてしまいました。長く一緒にいる夫婦は、遠慮がなくなってしまうもの。素直に「助けて欲しい、手伝って欲しい、疲れている」と言えなくなっていたのです。
そして夫は、そのまま家を出てしまいます。
修復できず、時間だけが過ぎていく
恒一が家を出てから、時間だけは静かに過ぎていった。
相変わらず、一緒に暮らすことはできていない。
けれど、不思議なことに完全に途切れることもなかった。
メッセージのやり取りは、細々と続いていた。
最初は、事務的な連絡ばかりだった。
必要最低限の言葉だけを交わすような距離感。
それが少しずつ、変わっていった。
《悠斗、今日こんなことがあってね》
そんな他愛もない話を送ると、短くても返信が来るようになった。
やがて、通話をするようになった。
最初はぎこちなかった会話も、少しずつ、以前のような空気を取り戻していく。
笑い合うことはまだ少ない。
それでも、「怖い」という感情は、確実に薄れていった。
そしてある日。恒一からのメッセージに、変化があった。
《離婚は、しない》
その一文を見たとき、思わず息を止めた。
画面を見つめたまま、しばらく動けない。
「……よかった……」
小さく呟いた声は、思っていたよりも震えていた。 ※2
夫婦関係を修復することができず、ただただ時間だけが過ぎていたように感じていました。ですが、離れて暮らし、ときどきメッセージを送り合うことで、夫の気持ちは落ち着いたようです。
「離婚はしない」という大きな一歩から、さらに関係は改善します。
少しずつ取り戻した夫婦の絆
それから、少しずつ距離が近づいていった。
お互いに、少しずつ言葉を選びながら。
でも、前よりもずっと素直に。
そんなある日、私はメッセージを打ちながら、手を止めた。
ずっと迷っていた言葉。
送っていいのか、何度も考えてきた言葉。
でも今なら、言える気がした。
私は深呼吸をしてから、打ち込む。
《恒一。とにかく、まずは家に帰ってきて》
送信ボタンを押したあと、胸がぎゅっと締めつけられる。
既読は、すぐについた。
けれど、返信は来なかった。
そのまま、1日、2日、3日……。
時間だけが過ぎていく。
「やっぱり……ダメだったのかな……」
不安が、じわじわと広がっていく。
言わなければよかったのかもしれない。まだ早かったのかもしれない。
そんな後悔が、頭をよぎる。
そして、四日目の夜。
ようやく、通知が鳴った。
《帰りたい》
たったそれだけの言葉。
でも、それだけで十分だった。 ※3
「帰ってきて」も「帰りたい」も、お互いに勇気のいる言葉だったと思います。時間はかかりましたが、ようやく向き合うことができました。
一度は壊れかけてしまった夫婦でも、時間と距離をおくことで、改善に向かうこともあるのですね。お互いに、冷静になり、今までの自分を省みる時間が必要だったようです。改めて、感謝や思いやりの言葉をかけることの大切さに気づかせてくれる作品です。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










