「うるさい!」
蓮くんが、蒼の手を強く払った。
「いたっ」
蒼が尻もちをつく。私は思わず駆け寄った。
「蒼、大丈夫?」
「うぅ……」
蒼は目を潤ませている。胸がぎゅっと痛くなった。
振り向くと、蓮くんは平然と立っていた。
そして
「蓮、ダメじゃん」
香織が言った。
でもその声は──
まるで軽い注意のようだった。
「小さい子には優しくしないと」
そう言いながら、特に怒る様子もない。
蓮くんも、悪びれた様子はなかった。
「はーい」
気のない返事。それだけだった。
私は言葉を飲み込む。
(今の……)
蒼はまだ3歳だ。
5歳の蓮くんに突き飛ばされたら、危ない。
それに、キッチンマットだって破れてしまった。
でも──
「まあまあ」
香織は笑って言う。
「子どもなんて、こんなもんでしょ?」
まるで、何事もなかったかのように。
私は蒼を抱き上げながら、小さくうなずくしかなかった。 ※1
実の姉にモヤモヤが募る
いくら姉の子どもとはいえ、やっていいこと・悪いことがあります。勝手にキッチンに入り、モノを壊した挙句、蒼くんを突き飛ばしたのです。軽い注意しかしない姉に、モヤモヤしてしまいます…。
結衣と香織には、少し複雑な事情があります。
姉妹の出会い
姉の存在を知ったのは、高校1年の春だった。
ある日の夕方。リビングでテレビを見ていると、母が言った。
「結衣、ちょっと話があるの」
いつもより少し真剣な声だった。
「なに?」
私は何気なく聞き返した。
すると母は少し迷うようにしてから言った。
「あなたには……お姉ちゃんがいるの」
「……え?」
意味が分からなかった。
「お姉ちゃん?」
私は思わず聞き返す。
「うん」
母は静かにうなずいた。
「香織っていうの」
頭の中が真っ白になる。
「どういうこと?」
私は困惑しながら聞いた。すると母は、ゆっくり話し始めた。
両親が離婚したこと。そのとき、姉は父の方に引き取られたこと。そして、私は母と一緒に暮らしてきたこと。
「……」
私は言葉を失った。
そんな話、今まで一度も聞いたことがなかった。
「どうして今まで言わなかったの?」
「ごめんね」
母は小さく言った。
「あなたが小さい頃は、混乱すると思って」
そう言われても、すぐには納得できない。
だって──
「急にお姉ちゃん、って言われても……」
実感なんて湧かない。
そのときだった。母が言った。
「もし結衣がよければ」
「……?」
「香織に会ってみる?」
私は少し考えた。
そして──
「会ってみたい」
気づけば、そう答えていた。 ※2
幼いころ、両親が離婚し、姉妹別々に過ごしてきたためお互いの存在を知りませんでした。高校生になり、明かされた生い立ち。困惑しましたが、素直な気持ちで「会いたい」と感じ、再会を果たします。
その後、ぎこちないものの、会う回数や連絡を取り合うことが増え「少し年の離れた友だち」のような関係を築きます。ところが、お互いに結婚し子どもが生まれたころから、ギクシャクし始めたのです…。
【姉視点】妹と比較されているようでツラい
でも、結衣に蒼が生まれてから、何かが変わり始めた。
親戚の集まりでも、よく言われる。
「蒼くん、いい子だね」
「ちゃんと挨拶できるのね」
「結衣ちゃんの育て方がいいのね」
そんな言葉を聞くたび、胸の奥がざわついた。
ある年の正月。
親戚が集まる席でのことだった。
「蓮くん、これ」
叔母がお年玉を差し出す。
すると蓮は──
「ちょうだい!」
そう言って、袋を乱暴に引っ張った。
「あっ」
叔母が少し驚く。
「蓮」
私は軽く注意した。
「ちゃんと“ありがとう”って言いなさい」
でも蓮は気にしていない。袋を振って笑っている。
そのときだった。
「蓮くん」
結衣がやさしく言った。
「お年玉はね」
しゃがんで目線を合わせる。
「ありがとうって言ってからもらうと、もっと嬉しいと思うよ」
穏やかな声だった。責めているわけでもない。
でも親戚たちは、その様子を見て言った。
「結衣ちゃん、しっかりしてるわね」
「いいお母さんだね」
私は黙っていた。
その横で、蒼が叔母に向かって言った。
「ありがとう」
小さく頭を下げる。
それを見た親戚たちは、感心したように言う。
「偉いねえ」
「ちゃんと挨拶できるんだ」
「結衣ちゃん、育て方が上手ね」
その空気を、私ははっきり感じていた。
(まただ)
胸の奥がざわつく。
誰も私を責めているわけじゃない。
でもまるで、比べられているみたいだった。
(なんなの)
私は心の中でつぶやく。
(そんなに立派なの?)
蒼はいい子。結衣はいい母親。
そんな空気。
それじゃあ──
私は?
蓮は?
胸の奥に、黒い感情が広がっていく。
結衣は何も悪くない。分かっている。
でも──
親戚の視線も、空気も、言葉も。
全部が、私を追い詰めてくる気がした。
私はふと、結衣の方を見る。穏やかな顔で蒼を見ている。
その姿がなぜか、ひどく眩しく見えた。
そして同時に、胸の奥で、はっきりとした感情が形になる。
──悔しい。
──なんで、あの子ばっかり。
その瞬間、私は初めて妹に対して、はっきりとした嫉妬を抱いていた。 ※3
親せきなど、周囲の視線や言葉というのは、残酷ですね。発言をした本人には、悪気がありませんが、ささいな一言が子育て中のママを追い詰めてしまうものです。
親は、子どもを通して「いい親」「悪い親」のレッテルを貼られているような気がするもの。本来であれば、子どもは子ども、親は親、です。ですが、子育てで敏感になっている時期は、他人の言動がひどく気になるものです。
姉の嫉妬心が原因で、姉妹には溝ができてしまいました。妹は、歩み寄ろうと話をしますが、姉は拒絶。結局、相容れない姉妹は、距離を置くことに決めます。姉妹でも、価値観は違うもの。お互いのために、必要以上に関わらないことも、必要ですね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










