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もしも男性が妊娠したら?Netflix『ヒヤマケンタロウの妊娠』原作者と考えるマイノリティ

坂井恵理さん(以下、坂井):最初は、もし自然妊娠率が男女半々になったら……と想像したのがきっかけです。半々だったらもっと国が支援してくれるはずだ、とか。

原作では、男性にも妊婦の疑似体験をしてもらえるように「男性が妊娠するようになって10年。男性の自然妊娠率は女性の10%」という設定にしました。まだ10年しかたっていないので、医療もしっかりと確立されていない状態です。

日本の会社組織でバリバリ働いて、社会の「マジョリティ」としてやってきた男性がいきなり妊娠をして、「マイノリティ」になるところにおもしろさが出ると思ったんですよ。

ⓒ坂井恵理/講談社

──矢本さんは、2014年と2017年に育児休業を取得されています。当時の日本の男性育休取得率は2.3%とまさに「マイノリティ」だったわけですが、主人公の心境に想いを馳せるポイントがありましたか?

矢本:今でこそ社会が変わってきましたが、2014年には「男性が育休取得なんてけしからん、あり得ないでしょ」という風潮がありました。1人目のときには、僕が男性社員の育休制度利用の最初の例をつくったという感じでした。また、新卒で働いていた大企業でも、社内では家庭のことを話しづらい雰囲気があったので、相当勇気のある人でないと声をあげないのではないかと思ったほどです。

この漫画のテーマでもあると思いますが、「マイノリティ」という立場に置かれて一番つらいのは共感が得られない、対話する相手を見つけにくい、ということです。その立場になってみて初めていろんなことに気づくこともあります。

──まさに、桧山健太郎も「バリバリと働く男性」から「妊夫」になったことがきっかけで、ガラリと視点が変化していました。

もし「自分と合わない場所」で苦しくなったら…

──桧山健太郎が生きる世界では、バリバリ働く人が評価される企業でした。矢本さんは大手企業の社員から起業という道を選んだのには理由があったのでしょうか。

矢本:10Xという会社を起業する前には、転職を繰り返し、5年間のうちに4社で働きました。結局、人が作った会社の中では自分の居場所を見出すことができなかったんです。社会不適合者だと自分を追い詰めたこともありました。

自分が何をしたいか考えたときに、「自分らしく働きたい」「社会に良い影響を与えたい」という2つが大事なことだと気づきました。会社を作って自分がオーナーシップを持ち、会社の方向性に共感すると働きたい、そういう仕事の仕方を見つけたい、というのが起業の背景です。「合わないなら逃げるしかない」が自分の中の成功体験だったので。

(写真:矢本さんの創業風景。まだ椅子が届かない最初のオフィス。)

もちろん「合わない場所での闘い方を身に着ける」というのも選択肢としてあります。でも、正直な話、例えば世代が全く異なる人の価値観を変えるのは難しいので、僕の場合は自分が自分らしくいられる場所を作るほうが早いし、お互いにとってヘルシーだと感じて、この選択をしました。

©坂井恵理

(写真:坂井さんの仕事風景)

──マジョリティの中に身を置いているときには、そこから外れたときの選択肢がなかなか見えにくいと思いますが矢本さんは「自分に合う場所を作る」という選択をされたんですね。

坂井:私はもともと会社員に向いていないからフリーランスで漫画を描いていて、自分に合わないところから逃げてきた、という感じで結果的にうまくいっている形です。勤めている友人からは「1人で家で仕事するなんて無理」と言われることもあるんですけど、私にはこのスタイルのほうが合っているんですよ。

「自分が何に向いていて、何ができて、何ならがんばれるのか」というのを自分で見極めるのが大事だと思います。

子育て中の男性同士は、なぜつながりにくい?

──同じ価値観や悩みを持った人が交流できるというのは、育児でも大事なポイントだと思います。『ヒヤマケンタロウの妊娠』では、孤立しがちな男性の妊娠経験者が集う居場所が描かれていました。

ⓒ坂井恵理/講談社

坂井:リアルの社会では、男性同士が育児の話を共有できる場があまりないですよね。保育園の送り迎えは担当するけど、他の親とおしゃべりしづらいという人もいるだろうな、と思います。

男同士で集まってみても、弱音を吐いたり、受け止めたり、共感ベースの会話は少ないと聞いたことがあるので、そういう場所があったほうがいいんじゃないか、というメッセージを込めたつもりです。

矢本:確かに、父親同士ってそういうところがあるかもしれません。僕はコロナ禍前には、子どもが通う保育園の保護者の方と集う機会に顔を出していたんですけど、そこで気づいたのが男性の育児への関わり方って人によってムラがあるんだということ。

自分だとスタンダードだと思っていても、家事育児をどこまでやるのかという線の引き方は人それぞれ。家族構成が同じでも、父親同士は同じ育児体験をしていない可能性もあるんですよ。だからたとえ父親同士が集まっても話が合わないと感じるときは、不動産や日本経済の話になります(笑)。

男性の育児についての話題は、そもそも会話のタネにしづらいんです。父親の育児参加は「ダイバーシティがありすぎる」んですよ。

©矢本真丈

(写真:矢本さんとお子さんの日常)

坂井:そうですよね。仮に「父親が育休をとった」という同じ経験をしていても、家事・育児を主に妻がやっている、というケースも聞かれますしね。

矢本:その点、お母さんたちは予防接種のスケジュール管理の煩雑さや、定期検診の面倒さとか、近い地域で同じ苦労をしていることが多く、共有できる経験が多いから共通の話題につながるように感じました。

──矢本さんのお話を聞いていたら経験が互いの共感の幅を広げているのかもしれない、と感じました。

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