©ママリ
「どういうつもり?私が母親として失格だって、そう言いたかったの?」
待合室の片隅で、彼女は声を押し殺しながらも、強い口調で詰め寄ってきました。
「違うよ……。ユウコが悪いって言いたいんじゃない。ただ、助けが必要なんだって、思っただけ」
「他人が勝手に判断しないでよ!私の苦しさ、全部見てたわけじゃないでしょ!子育ての現実なんて、マキにはわかんないよ!」
ユウコの目には、怒りと悲しみが入り混じっていました。そして、何より――深い孤独がにじんでいました。私は、深く息を吸い、彼女の目を見て言いました。
「昔のユウコは、もっと人に優しかった。人の気持ちに寄り添ってくれる子だった。私はそんなあなたの友達で、今でもずっと味方でいたいと思ってる」
ユウコは無言のまま、視線を逸らしました。
「児童相談所って、何かを奪う場所じゃないよ。私も話を聞いてもらったけど、ただ“助けたい”って思ってる人たちだった。ユウコがもっと楽になれるように、一緒に加藤さんと話してみない?」
しばらくの沈黙のあと、ユウコは小さく首を横に振りました。
「……無理だよ。そんなの、怖いだけ。何か変わるとも思えないし」
「じゃあ、私も一緒に行く。一人じゃない。ずっと隣にいるから」
彼女の頬を一筋の涙が伝いました。それが、どんな感情からのものだったのか、私には正確にはわかりません。でも、ようやく彼女の心に、少しだけ隙間ができたような気がしました。 ※1
友人へ伝えた真剣な想い
マキがユウコの家にお邪魔したとき、衝撃的な光景を目撃してしまいます。散らかり放題の部屋、癇癪(かんしゃく)を起こすユウコの息子・ユウタくんの姿、そしてユウタくんを何度も叩くユウコ…。見て見ぬふりはできないと思い、児童相談所へ電話をかけます。
すると、電話で対応してくれた職員・加藤さんが、マキが迷いながらも声をあげてくれたことに寄り添い、話を聞いてくれたのです。そして、マキも真剣な想いをユウコに伝えます。
ようやく心を開いてくれたユウコ。マキに付き添われ、児童相談所の加藤さんと面談することに。支援が必要だと判断され、ユウコはユウタくんとともに、新しい一歩を踏み出します。
わが子を虐待した友人の心の内
児童相談所での面談のあと、ユウコからぽつりぽつりと話を聞くようになりました。あの日を境に、彼女の口は少しずつ開いていったのです。
「たぶんね、私、ずっと張り詰めてたんだと思う」
そう言ってユウコは、自分の両腕を抱きしめるようにして座っていました。目の下のクマはまだ残っていましたが、表情はどこか穏やかでした。
「ユウタが生まれた時は、すごく嬉しかったの。だけど、すぐに“なんか違う”って直感があって。泣き方とか、寝ないとか、目が合わないとか……。でも誰も信じてくれなかった」
彼女は、ひとつ息を吐いて続けます。
「“神経質すぎる”って言われてさ。夫にも、“母親ならちゃんと育てろ”って……。自分の感覚すら信じちゃいけない気がしてた」
私はその場で何も言えませんでした。ユウコは決して、もともと乱暴な性格ではなかった。むしろ人の気持ちに敏感で、友達思いの子だった……だけど、そんな彼女を追い詰めたのは、きっと「無理解」と「孤独」だったのです。 ※2
子育てでツラいとき、最大のパートナーである夫に理解も協力もしてもらえなかったら…。とてもしんどいですよね。虐待をしてしまった過去を変えることはできませんが、児童相談所との面談がきっかけで、ようやく自分とわが子に向き合えるようになりました。
その後、ユウタくんは自閉症スペクトラム障害の傾向があると診断され、療育を受け始めます。夫にユウタくんのことを伝えると、無関心だったそう。そこで、ユウコは離婚を決意。実家に戻り、実母と姉の協力を得ながら、ユウタくんと向き合っています。
以前の明るさを取り戻した友人
「最近やっと色々落ち着いたんだ。今度、こっちに遊びに来ない?ユウタにもぜひ会ってあげてほしくて」
メッセージを見たとき、胸がじんわりと温かくなりました。文面からでも、元気にやっていることが伝わってきて安心したのです。あの日の張り詰めた時間が、少しずつ癒されていくような気がして――私は「ぜひ行きたい」と返しました。再び訪れたユウコの実家は、以前の彼女の自宅とはまるで違っていました。玄関には整頓された靴。リビングには木漏れ日が差し込み、温かい空気が流れていました。
「マキ!」
ユウコが台所から顔を出し、エプロン姿で迎えてくれました。顔色もよく、何より笑顔が柔らかくなっていました。まるで、昔の彼女に戻ったようでした。
「おじゃまします。わぁ、なんだか……ユウコ、全然違うね」
「そう?やっぱり田舎の空気ってすごいよ。体も心も、勝手にゆるむっていうかさ。今日は私とユウタだけだから、遠慮なくくつろいでいって。昔みたいにさ」
「あはは、昔を思い出すよ。ここで他にも何人かで集まって恋バナしたよね」
ユウコは「懐かしいね」、と楽しそうに笑っていました。かつてのユウコの姿はみる影もなく、その変化は目に見えて明らかでした。もう間もなく出産を迎えるユウコですが、家族の協力も得られることから、育児への不安もないようでした。 ※3
久しぶりに再会したマキとユウコ。ユウコは以前のような明るさを取り戻し、ユウタくんと新しい生活を始めます。いい方向に向かっており、ホッとしますね。
あのとき、マキが勇気をだして児童相談所へ電話をかけたからこそ、ユウコ親子は救われました。「児童相談所へ通告する」というと、物騒な雰囲気がします。ですが、児相の職員をはじめ、電話をしたマキも、「救いたい」という一心で寄り添いました。
虐待をしてしまうほど、追い詰められてしまったユウコ。ですが渦中にいるときは、自分の精神状態が異常であることに気づくことができませんでした。孤立化しないよう、周囲が気づき、手を差し伸べることが大切ですね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










