「あら、ゆりちゃん。早かったわね」
その、いつも通りの、優しい声。私は、その声を無視して、ともみさんの座るリビングテーブルの上に、ノートパソコンを開き、再生ボタンを押しました。
カチッ―――。
画面には、数分前の、ともみさんが棚を開けて、1万円札を抜き取り、ポケットに入れる、その一部始終の映像が流れました。
「……これ、どういうこと?」
私の声は、震えていました。ともみさんの顔から、血の気が引いていくのが分かりました。彼女の目は、恐怖と動揺で大きく見開かれ、映像から目を離すことができません。そして、次の瞬間、彼女は「うぅっ」と声を漏らし、顔を両手で覆い、その場で泣き崩れました。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
何度も何度も、謝罪の言葉を繰り返すともみさん。しかし、その声は、私の心には届きませんでした。私は、静かに夫と顔を見合わせました。怒りを爆発させたのは、夫でした。
「ともみさん。これは犯罪です。私たちが、あなたを信用して家に入れたのに、それを裏切って、金銭を盗むなんて。今すぐ、夫を呼んでください。事情をすべて話してもらいます」
夫の低い、しかし威圧的な声に、ともみさんは恐怖に怯えたように頷きました―――。 ※1
ママ友がお金を盗んだ瞬間
ゆりは、夫とともに計画を立て、再びママ友がわが家でひとりになるタイミングを作ります。そして、仕掛けた防犯カメラの映像を、車の中から監視していたのです。
動かぬ証拠に、ママ友は弁明の余地もありません。
ママ友の夫も駆けつけ…
私たちは、ともみさんの夫にもすぐに来てもらい、目の前で、もう一度、監視カメラの映像を見せました。ともみさんの夫は、最初は信じられないという表情でしたが、映像を見て、そして泣きじゃくるともみさんを見て、すぐに事態を悟りました。
私たちは、ともみさんに、なぜこんなことをしたのか、正直に話すように詰め寄りました。ともみさんは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、言い訳にも聞こえる、悲しい事情を話し始めました。
「生活が…どうしても苦しくて。夫が借金していて、仕事も転々とするし…」
この期に及んで夫のせいにするともみさんに、私は心底失望しました。
「ブランドバッグが…欲しかったんです。周りのみんなみたいに私も、少しでも豊かな生活をしている気持ちになりたくて…」
その告白に、私たち夫婦だけでなく、ともみさんの夫も、言葉を失いました。やがて、ともみさんの夫は、私たち夫婦に向かって、深々と頭を下げ、土下座をしました。
「本当に、申し訳ありません。妻が、こんな卑劣な真似を…今すぐ警察に連れていきます」
ともみさんの夫は、心底、私たちに謝罪してくれました。その姿を見て、私たちは、これ以上、事を荒立てるべきではない、と考えました。私たちも、息子が同じ幼稚園の親友と、このような泥沼の騒動を起こしたくはなかったのです。
夫と相談し、私たちは、通報しない代わりに、以下の条件を提示しました。
・盗まれたお金、つまり2万円を、すぐに返済すること
・金輪際、私たち夫婦や息子に関わらないこと
ともみさん一家は、すぐにこの条件を呑み、その場で盗んだお金を返してくれました。前回の1万円札は、火が浅かったからかどうやらまだ使っていなかったようです。さらに、ともみさんの夫からは、謝罪のしるしとして、後日丁重なお詫びの品も受け取りました。 ※2
お金を盗んだ理由を「夫のせい」にするなんて…。さらに、「ブランドバッグが欲しかった」という話も、とうてい納得できるものではありません。あまりにも利己的な言い訳に、あきれてしまいます。
それでも、ゆり夫婦は通報しないことにします。そして、条件をつけ、ママ友一家との関係を断ったのです。
ママ友一家のその後
数日後、私たちは幼稚園から、ともみさん一家が遠方に引っ越すことになったという連絡を受けました。私たちが、ともみさんと顔を合わせることは、二度とありませんでした。
息子は、仲良しの友達が突然いなくなってしまったことに、少し寂しそうな様子を見せましたが、こればかりは、どうすることもできません。
5年間、とても信頼し、助け合ってきた親友からの裏切り。そのショックは、計り知れないものでした。私の心には、大きな穴が開いたように感じました。
「金銭的に苦しいなら、正直に言ってくれれば、何か手助けができたかもしれないのに」
そう考えるたびに、胸が締め付けられます。しかし、彼女の行動は、私たちの信頼を完全に踏みにじってしまいました。夫は、私のそばで、優しくこう言ってくれました。
「悪いのはすべてともみさん。ゆりには、何の非もないよ」
「ううん…」
いや、私にも非はあるのです。他人がいる中で、大切なものを置いている場所を不用意に家を留守にしてしまったこと。油断していたのは事実です。もし私がそんなことをせずにともみさんとお付き合いしていたら、ともみさんがお金を盗むことはなかったのかもしれません。遅かれ早かれなのかもしれませんが。
人は、見かけだけでは分かりません。親友だと思っていても、その人の心の闇や、隠された事情までは、決して見抜けないものです。この経験は、私にとって、あまりにも苦いものでした。しかし、これからは、人間関係においても、また、自宅の防犯に関しても、慎重に、そして注意深く生きていこうと、心に誓ったのです。
穏やかな日常は戻ってきましたが、私の心の中には、まだ、あの日の監視カメラの映像が、焼き付いたまま残っています―――。 ※3
ママ友一家の引っ越しで、今回のできごとは幕が下りました。平穏を取り戻しましたが、ゆりの心には傷が残ってしまいました。
犯罪に手を染めるような行為は、自分自身だけではなく、家族や友人にも迷惑をかけてしまいます。窃盗は、絶対に許される行為ではありません。
また、ゆりが振り返っているように、油断もありました。改めて、被害にあわないよう防犯意識を高めることも大切ですね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










