ブーメランを受け、由美子は自らの振る舞いを省みるように距離を置く。冴香は、どんな個性も愛おしい我が子の大切さを再確認し、互いを尊重し合える関係を大切にしようと前を向く。空には晴れやかな声が響いていた。
気まずい沈黙…
女子高生たちが去った後、公園には何とも言えない気まずい沈黙が流れました。
かんしゃくを爆発させていた望ちゃんも、母親のただならぬ雰囲気を察したのか、ヒックヒックとしゃくり上げながら大人しくなりました。
由美子ちゃんは、結局そのあと一言も発することなく、逃げるようにして帰っていきました。
他のママ友たちは「災難だったね」「あの子たちも失礼よね」と口々になだめていましたが、彼女の耳には届いていないようでした。
どんな子にも大変な一面はある
私は、帰宅してからもその光景が頭から離れませんでした。まさかあんなところでブーメラン攻撃をくらうとは、誰も予想していなかったはずです。
あの言葉を聞いて「無理」という単語がどれだけ親にとって残酷なものか、気づいてくれたらいいなと思います。
もちろん、望ちゃん自身に罪はありません。それに、望ちゃんにもいいところやかわいい部分はたくさんあることをみんな知っています。
ほんの一部分を切り取って、「無理」と言った女子高生たちが正しいとは思いません。子どもは誰だって、時と場合によって手がかかるものです。壮一のように動き回るのが大変な子もいれば、望ちゃんのようにかんしゃくが激しい子もいる。そういういろいろな一面があると、親同士が理解し合い、日々の頑張りや努力を労り合えたらいいなと思います。
数日後、由美子ちゃんからメッセージが届きました。いつもなら「そうちゃんのあそこが無理」という愚痴が混じっているのですが、その日は一言、『当分、遊びに行くのは控えるね』とだけ書かれていました。
彼女が、あの女子高生の言葉で、自分が私にしてきたことの残酷さに気づいたのかは分かりません。でも、少なくとも「自分の子が他人から拒絶される痛み」は、身をもって知ったはずです。
お互いの苦労を認め合う関係を築きたい
それからの私は、彼女と無理に付き合うのをやめました。 保育園で会えば挨拶はしますが、それ以上の深入りはしません。彼女も、以前のように私を捕まえて息子を攻撃してくることはなくなりました。
「ママ! 見て、ダンゴムシ!」
泥だらけになって笑う壮一を見て、私は確信します。 この子の元気なところも、落ち着きがないところも、すべてがこの子の個性。誰に何と言われようと、私にとっては世界で一番愛おしい、かけがえのない存在です。
子どもの数だけ、大変さの形がある。 それを「無理」と切り捨てるのではなく、「お互い大変だよね」と笑い合える。そんな当たり前で、温かい関係を築ける人たちを、これからは大切にしていこうと思います。
「待ってよ、そうちゃん! 転ばないでね!」 私の声は、晴れ渡った空にどこまでも高く響いていきました。
あとがき:正解のない育児を、笑い合える場所へ
物語の結末は、復讐の快感ではなく、静かな「悟り」と「解放」で締めくくられます。どの子にも大変な面があり、愛すべき面がある。それを「無理」と切り捨てるのではなく、多面性を認め合うことの大切さを冴香は再確認しました。他人の評価に振り回されず、泥だらけの息子を抱きしめる彼女の姿は、育児に奮闘する全ての女性へのエールです。本当の意味で心地よい人間関係とは何か、深く考えさせられます。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










