ようやく携帯が鳴ったのは、外が暗くなり始めた頃。白井さんから直接着信がありました。学校から連絡先を聞いたとのことでした。
「……松本さん。あの、ソフト……あったんです。本当に、申し訳ありません……」
電話口の白井さんの声は、今にも消え入りそうでした。
絶望と信じたくないという思いが混じり合った、掠れた声。彼女は、自分の家で「あるはずのないもの」を見つけてしまったのです。
「学校から連絡をいただいて、最初は信じられなくて。でも、それを金太に伝えると……あの子の様子がおかしいから、部屋を……」
白井さんの話によれば、彼女は必死に否定する金太くんを怪しんだ結果、押し切り部屋を徹底的に捜索したそうです。
「うちは教育方針でゲームを一切禁止にしていて。だからあの子が持っているはずがないと、ずっと思っていました……」
しかし、金太くんの部屋のクローゼットの奥、使い古したスポーツバッグの底から、悠也の名前シールが貼られたソフトが見つかりました。それだけではありません。そこには、あるはずのないゲーム機本体と、何枚ものソフトが隠されていたのです。 ※1
息子の部屋にあった、信じられないモノ
主人公・遙の息子・悠也のゲームソフトが、ある日突然、消えてしまいました。それは、金太くんが遊びに来た日。しかも、2回も紛失したのです。ゲームソフトに名前シールを貼って、対策していたのが功を奏しました。
家庭の方針で「ゲーム禁止」にしていた金太くんの親は「ゲーム機本体がないのだから、ソフトを盗むはずがない」と豪語していたのです。しかし、親に隠れて、金太くんはゲームをしていたのです。
ソフトを盗んだ子の悲痛な叫び
「問い詰めたら、本体は私の父親がこっそり買い与えたことがわかりました。私には秘密でと。
それでこっそり遊んでいたものの、ソフト1つだけでは物足りなくなったようで。でも私にゲームがほしいと言えなかったのでしょうね…。私が部屋に入ると、あの子は必死にそれを体で隠して……。松本さんのシールを見た瞬間、私、目の前が真っ暗になりました」
白井さんは嗚咽を漏らしていました。自分の子どもを正しく育てていると信じていた親のショックは、計り知れません。金太くんを問い詰めると、彼は泣きじゃくりながら白状したそうです。
「みんなが持っているソフトが欲しかった」
「ママは絶対に買ってくれないから借りるつもりだったけど、やめられなくなった」
と。
「ゲーム禁止」という厳格な家庭環境が、彼の中で歪んだ欲求へと変わってしまった。それは同情すべき点かもしれませんが、彼が選んだ手段は、最も卑劣な「友人を裏切る」という行為でした。
「松本さん、今からお詫びに伺わせてください」
30分後、チャイムが鳴りました。玄関を開けると、そこには髪を振り乱し、目に隈を作った白井さんと、地面に縫い付けられたかのように俯く金太くんが立っていました。金太くんの手には、悠也のシールが貼られたソフトが、大切そうに、でも汚らわしいもののように握られていました。
「悠也くん、ごめんなさい……本当にごめんなさい」
絞り出すような金太くんの声。かつての自信満々な態度は消え、ただ怯える小さな子どもの姿がそこにありました。 ※2
「ゲーム禁止」という家庭のルールが、悲劇を生んでしまいました。教育方針はさまざまですので、良い・悪いの判断は一律にはできません。ですが、子どもの欲求を必要以上に抑え、子どもの声に耳を傾けないのは、とても危険です。
そして遙は、金太くん親子に同情をしつつも、厳しい言葉をかけます。
被害届は出さない。けど…
「本当に申し訳ありませんでした。警察への届け出も、覚悟しています。私たちが甘かったんです」
白井さんは玄関のタイルに膝をつかんばかりに、何度も何度も頭を下げました。その姿には、親としての責任と、自分を責める苦悶が滲み出ていました。金太くんはただ震えながら、白井さんの服の裾を握りしめていました。
「ソフトを返していただき、事実を認めてくださったので、今回は届け出るつもりはありません」
私の言葉に、白井さんはハッと顔を上げました。
「けれど、金太くん」
私は腰を落とし、金太くんの目をまっすぐに見据えました。彼は一瞬私を見ましたが、すぐに怖くなったのか視線を落としました。
「あなたがしたことは、悠也の宝物を盗んだだけじゃない。悠也があなたに向けていた『友達になりたい』っていう気持ちを、踏みにじったのよ。物は返せても、悲しい気持ちは簡単には治らないんだよ」
金太くんはしゃくり上げながら、何度も頷きました。
「それとね、しばらくあなたを悠也の部屋で遊ばせることはできません。仲直りして、また元通り、というわけにはいかないの」
私の言葉は冷たく響いたかもしれません。しかし、これが現実です。
白井さんも「ごもっともです」と、涙を拭いながら答えました。
彼女たちはその後、田中さんの家や、他の被害に遭ったと思われるお宅を1軒ずつ回るのだと言い、夜の闇へと消えていきました。 ※3
まだ小学2年生の息子・悠也にとって、今回のできごとはショッキングでした。人を疑うことを知らない悠也は、返ってきたゲームソフトをぼう然と眺めていたそうです。
ソフトの盗難も、友情が壊れてしまったことも、お互いにショックでした。盗んだ側も、盗まれた側も、悲しい思いをしてしまうことを忘れてはいけません。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










