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訪れたユウコの家は、私の想像とまるで違っていました。玄関には靴が散乱し、リビングには洗濯物とおもちゃ、食べかけのパンが無造作に転がっていました。足の踏み場を探すのに時間がかかるほどです。
「ごめんね、ほんと散らかってて……全然片付ける時間なくてさ」
ユウコは笑ってそう言いましたが、その顔はどこか疲れていて、目の下にはクマが浮かんでいました。
「大丈夫よ」
気を使わせないように、そう返しました。でも、正直言うと驚いていました。あのユウコが、ここまで部屋を荒らすような生活をしているとは――。しばらくして、ユウタくんが走ってリビングに入ってきました。けれど、彼は言葉を発することなく、大声で叫びながら床に寝転がり、何かを要求しているようでした。
「ユウタ!やめなさい!もう、何回言ったらわかるのよ!」
ユウコの怒声が響き、彼女は子どもの腕を掴んで、ぐいと引っ張りました。ユウタくんは嫌がるように暴れ、それでもユウコは無理に立たせて、頭をペチンと叩きました。……一度ではありません。二度、三度と。
「あーもう!…こんな子、産まなきゃよかった……」
ユウコがぼそっと発した言葉に、私は言葉を失いました。
どうして、そんなことを……?
部屋にいたのはほんの数十分だったと思いますが、私はいたたまれなくなり、「やっぱり帰るね」と告げました。ユウコはユウタくんのことでいっぱいいっぱいだったようで、家を出る私にも無関心な様子でした。家に帰ってからも、ユウコの言動が頭から離れませんでした。あんなの、普通じゃない。けれど、子育ての現実は私にはわからない。だから、もしかすると子育て家庭ではあれが普通なのかもしれない、とも思いました。
でも、どうしても……違和感は消えませんでした。 ※1
友人宅で目撃した、衝撃的な光景
偶然、再会をしたマキとユウコ。ユウコに誘われ、家にお邪魔しますが、ショッキングな光景を目撃してしまいました。子育て経験がないマキにとって、あの光景が「普通」かどうか判断しかねますが、違和感は消えません。
マキはどうするべきかわからないまま過ごします。そして再び、産院でユウコと顔を合わせます。
友人がポツリと語った現状
「うちの子、言葉がまだうまく使えなくて。聞き取りにくかったり、通じにくかったりしてさ。もう5歳なのに……。保育園でもいろいろ言われて、ほんとしんどい」
そういえば、あの日の訪問時にユウタくんが何かを話しているのは聞かなかった気がしました。そこで私は気になって、色々質問してみることにしました。
「検査とかは?」
「一応、小児科には行ってる。でも『個人差がありますね』って。それだけ」
ユウコは疲れた顔で言いました。私はそれ以外に質問、というか何を話したらいいか分からず黙ることしかできませんでした。
「ユウタ、最近ますます癇癪ひどくてさ……。私だって頑張ってるのに、なんでこんな思いしなきゃいけないんだろうって思っちゃうんだよね」
私はその時、思い切って口を開きました。
「ユウコ、この前のことだけど。ユウタくんに……あんなふうに怒鳴ったり、叩いたりするのは、よくないと思う」 ※2
ユウコは、5歳の息子・ユウタくんの育児に悩んでいる様子を少しだけ語ってくれました。一生けん命わが子と向き合っているのに、不安やしんどさを抱えているのはツラいものですね…。
そしてつい、マキは口出しをしてしまいました。
虐待かも…葛藤の末に
ユウコの顔が、みるみるうちにこわばっていきました。それを見た途端「しまった」と思ったものの、時すでに遅しでした。
「……マキまで、私を責めるの?」
「責めたいわけじゃない。ただ、見ていて本当に心配になったの。あのままじゃ、ユウコも、ユウタくんも、つらいだけだと思う」
すると、ユウコの目にうっすら涙が浮かび、彼女は少し震える声で言いました。
「……あんたまで、私の頑張りを否定するの?誰にも頼れなくて、毎日寝る暇もなくて……。それでも育ててるんだよ、私は!」
私は何も言い返せませんでした。ユウコの怒りは、きっと悲鳴と紙一重だったのだと思います。
その日、私は家に帰って、ずっと考えていました。私はユウコの味方でいたい。でも、子どもを守ることを、見て見ぬふりしていいのか?私はこのまま「何もできなかった」ことにしてしまって、後悔しないだろうか。不妊治療で、子どもを持てるかどうかもわからない私。それでも、あの子の悲しい泣き声だけは、耳から離れない。そして――私は決意しました。
翌日、私は児童相談所に電話をかけました。どこに連絡すればいいのか、何を伝えればいいのかもわからないまま、震える声で「友人の子どもが……」と話し始めました。電話の向こうの女性――加藤さんは、私の話をていねいに聞いてくれました。私がどれだけ迷っていたか、どれだけ苦しんでいたか、それも含めてすべて受け止めてくれました。
「ご相談いただき、ありがとうございます。誰かが声を上げてくれることが、この子の未来を守ることにつながるんです」
その言葉に、私は救われるような気持ちがしました。私はただの部外者かもしれません。でも、それでも、やっぱり――見過ごすことはできなかったのです。 ※3
ユウコのツラさを汲み取り、どうするべきか悩んだマキ。ですが、このままではユウコもユウタくんもツラい状況が続くだけです。マキは意を決して、児童相談所へ電話をかけます。
もしも、身近な人の虐待行為に気づいたら、あなたならどうしますか?このあと、マキの通告がきっかけで、ユウコは児童相談所の職員と面談をすることに。そして、支援が必要だと判断されます。
ユウコは支援のおかげで、みるみると以前の明るさを取り戻します。友人を真剣に想い、勇気を出して行動したおかげで、一組の親子が救われました。家庭のことは外からは見えづらいため、どこまで部外者が介入するべきか悩みますが、適切な機関や専門家に相談することは、とても大切ですね。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










