義母・節子と同居を始めた春子。節子は仏のようにやさしいが、壊滅的に物が捨てられない。善意で買い足されるおむつや便利グッズが「地層」のように積み上がり、家はカニ歩きでしか通れない「物の迷路」と化していき…。
義母の最大の欠点
「春子さん、これ、商店街の福引きの帰りに見つけたのよ。安かったから買ってきたわよ!新くんのおむつ、5パック」
義母の節子さんは、冬の冷たい空気と一緒に、満面の笑みで玄関に現れました。
両手には、パンパンにふくらんだレジ袋、そして、おむつの大きなパッケージが肩に食い込んでいます。
私は春子(31)。夫の敦朗と生後間もない息子・新と3人で、半年前から義実家で義母と同居を始めました。
専業主婦として、家事育児に専念する私にとって、義母は理想的な存在でした。
根っからの「世話焼き」で、私に対しても、「疲れてない?」「何か食べる?」と気遣ってくれる。
性格はおだやかで、本当に仏さまのようにやさしいのです。
でも、彼女には、生活を共にする上で、致命的な欠点がありました。
それは、「片付け」という概念が脳内から抜け落ちているかのように、壊滅的に「物を捨てられない」「整理ができない」ことでした。
家の中は足の踏み場がない
「お義母さん、わざわざありがとうございます。でも…おむつのストック、まだ、3パック残っていますよ。 新のサイズもすぐ変わっちゃいますし……」
私の控えめな指摘に、節子さんは「あら、そうだっけ?」と首を傾げました。その表情に悪気はまったくありません。
「いいのよ〜腐るものじゃないんだから。安い時に買っておかないと!ほら、そこらへんに置いといてちょうだい。後で私がなんとかするから」
「そこらへん」その言葉を聞くたび、私の心は沈みます。
この家には、「そこらへん」などという余白は、1センチも残っていないのです。
同居を始めて数か月。
家の中は、もはや「物の迷路」と化していました。玄関を入れば、中身の分からない未開封の段ボールがカベのように積み上がり、カニ歩きでなければろうかを通れません。
リビングにたどり着けば、一週間前のチラシ、使いかけの調味料…用途不明の便利グッズ、そして、いつ封を切ったのか分からないおかしの袋で、ダイニングテーブルが埋め尽くされています。
夫も理解してくれない…
「ただいまーお、今日もにぎやかだな」
仕事から帰ってきた敦朗は、かろうじて座れるソファーのわずかな角に腰掛けて、のんびりと言いました。
彼は、この環境で30年近く育ったせいか、感覚が完全にマヒしているようでした。
「敦朗さん…また、おむつが増えたの。もう歩く場所もないわ」
「まあまあ、春子。母さんはよかれと思ってやってるんだから。悪気がないのは分かってるだろ? 少しずつ、週末にでも一緒に片付ければいいじゃないか」
彼はそう言いますが、その「週末」が来たことはありません。
私は毎日、掃除機をかけるための「床」を探しては、雑誌の束を右から左へ、ペットボトルの山を左から右へと動かすだけのむなしい作業に追われていました。
それは掃除ではなく、ただの「堆積物の移動」でした。
「お義母さん。新がもうすぐハイハイを始めるんです。床のホコリも心配だし…その古新聞の山が崩れたら、新が下じきになって危ないわ」
真剣に訴える私に、義母は茶菓子を差し出しながら笑いました。
「大丈夫よぉ、新くんは男の子なんだから!それくらいでへこたれないわ。強い子に育つわよ」
そう言いながら、彼女は今日買ってきたばかりの「多機能スライサー」を、キッチンの引き出しにムリやりねじ込みました。
義母の善意とやさしさが、真綿で首を絞めるように、少しずつ私を追い詰めていく。
この家には、生活の「淀み」が、確実に…そして、分厚い地層のようにたまり続けていました。
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あとがき:逃げ場のない監獄
一番厄介なのは、相手が悪気のない「いい人」であること。
夫の「悪気はないんだから」という無責任なフォローも、孤独に拍車をかけますよね。物理的なスペースだけでなく、心の余裕まで侵食されていく恐怖。この地層の深さは、そのまま春子さんのがまんの深さでもあるのです。
※このお話は、ママリに寄せられた体験談をもとに編集部が再構成しています。個人が特定されないよう、内容や表現を変更・編集しています










