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政府が議論している9月入学(秋季入学制度)とは?
与党は新型コロナウイルスの感染拡大による一斉休校の長期化を踏まえて、「9月入学・始業」について話し合うための「秋季入学制度検討ワーキングチーム」を設置しました。現在、秋季入学(以下、9月入学)を実現した場合の課題について関係者から話を聞くなどの議論が進められています。
テレビなどの報道では連日さまざまな案が報道されていますが、子どもの学年の区切りが変わるとなると「いったいどうなるのだろう」「わが子には関係があるのかな」など不安になりますよね。
ここからは、文部科学省総合教育政策局政策課に取材した内容をもとに、現在示されている案と議論の状況についてお伝えします。(2020/5/25取材日現在の状況です)
文部科学省が示している「3つのパターン」
文部科学省の担当者によると、文部科学省が与党に提出しているパターンは以下の通りです。現在は2021年度に入学する子どもたちを想定した3つのパターンをもとに、それぞれの課題について話し合いが行われています。今の段階で、どれかを実現するために具体的な検討が進んでいるわけではありません。
2022年度以降の入学対象児や、年長児以下の学年の区切り方についても未定です。
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2021年度の9月に入学する想定の子どもを、パターンごとにまとめると以下のようになります。
- 2020年度の年長児のみ
- 2020年度の年長~年中の9月1日生まれまでの子ども
- 2020年度の年長~年中の5月1日生まれまでの子ども
パターン1の場合は学年の区切りに変更がなく、入学・進級が5か月後ろ倒しになります。2020年度年長児の9月までの居場所については、まだ決まっていません。
一方、パターン2と3では、現在年中の子どものうち対象の生まれ月にあたる子は、年長クラスを飛ばして入学します。入学前の4月から9月までの期間、2020年度の年長児とどこかで一緒に過ごすのか、別々に過ごすのかについては未定です。
なお、これらのパターンはあくまで9月入学に関する課題を見つけ出すために示されたもので、この中から選ぶということではありません。文部科学省の担当者によると「この3案のみではなく、導入するかどうかを含め、あらゆるパターンを想定して議論している」ということです。
- 文部科学省「萩生田光一文部科学大臣記者会見録(令和2年5月19日)」(https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00062.html,2020年5月25日最終閲覧)
9月入学のメリット・デメリット
ここからは、9月入学に関する議論の場で出された意見や、その他の場所で発信されている専門家の声から、9月入学のメリットとデメリットをお伝えします。
メリット:子どもたちが十分に学ぶことができる
早稲田大学総長の田中愛治さんは、秋季入学制度検討ワーキングチームのヒアリングで「児童・生徒・学生たちが十分に学ぶことができる」という点を利点として挙げています。また、同ヒアリングに参加した中室牧子さん(慶応義塾大学教授)も、提出した資料の中で以下のように語っています。
学習内容を変更しないのであれば、従前と同じ授業日数や時間数の確保が必要 ※1
また、教育学を研究する佐久間亜紀さん(慶応義塾大学教授)はヒアリングとは別で示した要望書の中で自治体における学習機会の保障に触れ、以下のように9月入学が希望される背景について述べました。
オンライン学習などの早急な対応が困難な自治体等ではすでに、夏休みをなくして授業時数を確保するなどの方針が打ち出されたりしている。しかし、現実問題として、熱中症で死亡事例も起きた昨今の酷暑の中では、熱中症対策や電力消費など、別の危険が懸念され、その実施も容易ではなく、9月に延期して従来型の対面授業をおこなえる時間を確保したいという希望が生じている。 ※2
休校中に失われた子どもの学習時間を確保する面では、年度の終わりを後ろ倒し、9月入学を実現することにメリットがあるといえるようです。
メリット:欧米の入学時期に合わせられる
前述の佐久間亜紀さんによる要望書では、9月に入学・始業を求める声があがる理由として「グローバル化への対応」もあげられています。
欧米にある多くの学校は9月始業であることから、将来子どもが留学を希望した場合に対応しやすいメリットがあると言えるかもしれません。
デメリット:幼児教育を受ける機会が不平等になる
全日本私立幼稚園連合会会長の香川敬さんの意見書では、以下のように述べられています。
幼児の実態から幼児教育期間の短縮は、いかなる年代や学年でも絶対に実施すべきではありません ※3
さらに、文科省が示すパターンの一部は、生まれ月によって幼児教育を受ける期間が少なくなることに触れ、幼児期の発達は後の学年でやり直せるものではないとした上で、以下のように子どもたちへの影響について意見しています。
ある年代や学年の一定の期間が切り取られ喪失する事態は、子供のその後の生活や学びに悪影響を及ぼす可能性があります ※4
子どもの生まれ月によって幼児教育を受ける期間に1年間の差ができる可能性について、幼児教育の現場からは不安視されていることがわかります。
デメリット:学校の運営面での課題が多い
全国連合小学校長会長の喜名朝博さんは意見書の中で、9月入学を導入した場合の準備の煩雑さ、膨大な経費、教員配置などの課題を挙げています。これらをクリアするには相応の検討時間が必要として
混乱の中で検討する事項ではなく、拙速な判断は避けるべきではないか ※5
と、意見しています。
また、前述の佐久間亜紀さんによる要望書においても以下のような記述がありました。
・9月入学・始業に変えても、9月に学校を再開できなかった場合、あるいは再開後に再び感染が拡大して休校を余儀なくされる状況になった場合、根本的な問題は何も解決しない。
・いずれにせよ、国が教育政策として、いま一刻の猶予もなく取り組むべき根本的問題は、別にある。 ※6
9月入学を実現するには相応の準備が必要であり、それらに追われる教育現場としては、まだ議論が不十分であると感じているようです。
実際に制度が開始されれば、子どもの教育を担うのは小学校などの教育現場。こうした声にも十分に耳を傾けた上での話し合いが不可欠といえるでしょう。
- 喜名朝博「9月入学・始業の導入に関わる意見書」全国連合小学校長会2020/5/14(https://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/1350002/doc/169921/4316322.pdf,2020年5月25日最終閲覧)
- 香川敬「「秋季入学」についての意見」全日本私立幼稚園連合会2020/5/19(http://www.nrs.ed.jp/rengou.pdf,2020年5月25日最終閲覧)
- 田中愛治「「9月入学移行」論の目的と大義と必要な政策の方向性」2(田中愛治,2020)
- 中室牧子「科学的根拠に基づいて「9月入学」を考える」8(中室牧子,2020)
今後の議論の行方を冷静に見守りましょう
現在、9月入学については議論の最中で、導入するか否かを含めて何も決まっていません。教育関係者も各所から意見書や要望書を提出している状態で、それらの課題を踏まえて検討が進められます。
来年度入学を控える学年の子を持つ方はもちろん、もっと小さな子どもを持つ方も不安があるかもしれませんが、今は議論の行方を見守りましょう。子どもたちや家庭、教育現場に十分な配慮をした議論が行われるとよいですね。