授乳中の漢方服用について
「授乳中にお薬を飲みたいけれど、安全なの?」と考える方は多いのではないでしょうか?漢方薬に関しては、一部の生薬を除いて漢方薬が問題となった報告はありません。ただし、授乳中の漢方薬の服用に関しては服用する漢方薬の種類、期間、赤ちゃんの状態などを総合的に判断する必要があります。
具体的には、便秘薬に含まれている大黄という生薬が母乳中に移行して、赤ちゃんが下痢を起こす可能性があることが知られています。そのため、大黄を含む漢方薬を服用中の方は別の漢方薬に変更するか、授乳を一時的に中止するかを医師と相談する必要があります。
便秘薬だけでなく、授乳中の漢方薬はかかりつけ医や薬剤師に相談してから服用することが大切です。
- ツムラ「ツムラ大黄甘草湯エキス顆粒(医療用)」(https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00005265.pdf,2020年10月21日最終閲覧)
- 三和生薬「Q8授乳中ですが漢方薬なら飲んでも乳児に影響はないですか?」(http://www.sanwashoyaku.co.jp/faq/#:~:text=構成生薬として下剤に,一時中止してください。,2020年11月12日最終閲覧)
産後の不調にはこんな漢方
一般的に出産後6週間は産じょく期と言われ、妊娠や分べんで変化した体が妊娠前の状態まで戻る期間のことを指します。産じょく期にはさまざまな不調が出やすくなりますが、不調が続く主な原因は出産や産後の不規則な生活による体力の低下が考えられるため、気力や栄養分を補う漢方薬を用いることは産後の不調のケアに多いに役立ちます。
「ママリ」に投稿された産後の不調に対して、どのような漢方薬があるのかご紹介します。
- 栃本天海堂「血の道症」(https://www.kigusuri.com/kampo/kampo-care/016-7.html,2020年10月21日最終閲覧)
- Merck & Co., Inc., Kenilworth, N.J., U.S.A「産褥期の概要」(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/22-女性の健康上の問題/産褥期/産褥期の概要?query=産褥期,2020年10月21日最終閲覧)
悪露
悪露とは、産後の産じょく期に子宮や膣(ちつ)から排せつされる分泌物のことです。これは胎盤がはがれたところから出る出血や分泌物が混ざったもので月経によく似ています。
漢方の世界では、悪露がある期間には「気(エネルギー)」や「血(栄養分を全身に運ぶもの)」が不足しやすいと考えるため、それらを補い巡らせる処方が適しています。胃腸の消化吸収能力を整え気力と栄養を補い、血の巡りを良くして体力を回復するのを助けます。
- 秋葉哲生「改訂 洋漢統合処方からみた漢方製剤保険診療マニュアル ハンドブック版」285(ライフ・サイエンス,2006)
- 厚生労働省「妊娠中に起こりやすい病気・症状(その他)」(https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/glossary/symptom16.html#glossary07,2020年10月26日最終閲覧)
乳腺炎
私も子供と泣きながらまた歩いて帰りました。
乳腺炎とは、乳腺が炎症を起こし痛みや熱感、腫れを伴う症状のことです。乳腺炎には大きく分けて2種類あり、授乳期に乳腺に母乳がたまって起こる急性うっ滞性乳腺炎と細菌感染による急性化膿(かのう)性乳腺炎のに分けられます。
漢方薬では炎症を抑える処方薬を用いることがあります。またこの処方薬は、母乳の出が悪い場合にも使われることがあります。
- エルゼビア「乳腺炎・産褥性の乳腺疾患」(https://clinicalsup.jp/contentlist/476.html,2020年10月21日最終閲覧)
- 秋葉哲生「改訂 洋漢統合処方からみた漢方製剤保険診療マニュアル ハンドブック版」285(ライフ・サイエンス,2006)
産後うつ・不眠
赤ちゃんと過ごす時間は幸せな反面、二人きりの時間が長く続くと疲れもたまりつらくなることがあります。産後うつとは、産後4週間または6週間など定義はさまざまですが、産後1年間に生じるあらゆるうつ病性障害を産後うつと呼ぶのが一般的です。
漢方医学的に、出産はたくさんの「気(エネルギー)」と「血(栄養分を全身に運ぶもの)」を消耗するため、産後に精神疾患が出るのはやむなしとも考えられます。
うつ症状にもさまざまあり、不安感や不眠、動悸(どうき)や冷え性に悩む方には胃腸を整え、気力と栄養分を補い不安感や不眠を軽減する生薬の含まれた漢方薬が適しています。さらにイライラやほてりなどの症状があれば、さらに熱を冷ます生薬の含まれた漢方薬が使われることもあります。
- 嶋田豊(監)「漢方薬辞典 改訂版」p88,104(主婦と生活社,2016)
- 秋葉哲生「改訂 洋漢統合処方からみた漢方製剤保険診療マニュアル ハンドブック版」P352〜P358(ライフ・サイエンス,2006)
イライラ
産後は疲労に加え、ホルモンバランスの急激な変化のためイライラの症状も出やすくなります。イライラの状態は漢方医学的には「気」の巡りが悪い状態と捉えます。漢方薬では「気」の巡りを良くして興奮を抑える処方や、冷えやのぼせなどの症状もある方は「気」と「血」の巡りも整える処方が使われることがあります。
- 秋葉哲生「改訂 洋漢統合処方からみた漢方製剤保険診療マニュアル ハンドブック版」P352〜P353(ライフ・サイエンス,2006)
- 厚生労働省「妊娠・出産に伴ううつ病の症状と治療」(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-001.html,2020年10月26日最終閲覧)
漢方を服用する上での注意点
漢方薬は、授乳中のさまざまなトラブルの解消に役立つことがわかりましたが、服用する上での注意点があります。漢方薬について正しく理解した上で服用したいですね。
漢方を飲むタイミング
漢方薬の吸収を良くするため、基本的には空腹時に服用することが勧められています。食前(食事の30〜1時間前)または食間(食事と食事の間のことで食後2時間くらい)に服用してくださいと指示されることが多いでしょう。
しかし、授乳中のお母さんは忙しくてつい飲み忘れてしまうこともあると思います。そういった時には、目安として4時間以上あいていれば気付いた時に服用しても構いません。効果をしっかりと出すためにも、決められた回数、量を1日のうちにしっかり飲み切るようにしましょう。
- 日本医事新報社「服用タイミングと飲み合わせによる漢方薬の有効性の違い」(https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3768,2020年10月21日最終閲覧)
- 田中良子(監)「薬効別服薬指導マニュアル」996(じほう,2020)
漢方の正しい飲み方
基本的には白湯で飲むことをお勧めします。可能であればコップ半分程度の白湯(100cc程度)に漢方薬を溶かし、煎じ薬のようにして飲むと香りが立つのでより薬効を得ることができます。苦くて飲みにくい場合は、少量のはちみつを混ぜると飲みやすくなりますよ。
しかし、処方によっては冷たい水で飲んだ方が良い場合もありますので、その都度かかりつけ医や薬剤師に確認しましょう。
- 日本医事新報社「服用タイミングと飲み合わせによる漢方薬の有効性の違い」(https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3768,2020年10月21日最終閲覧)
- ウチダ和漢薬「五十音順検索 【蜂蜜(ハチミツ)】」(https://www.uchidawakanyaku.co.jp/tamatebako/shoyaku_s.html?page=191,2020年10月26日最終閲覧)
漢方はどれくらいで効果を実感できる?
漢方薬は継続して長期間服用しなければならないというイメージがある方もいるかもしれませんが、必ずしもそうとは言えません。例えば風邪をひいたとき、その人の症状に合った漢方薬を服用すれば15〜30分くらいで頭痛等がやわらぐこともあります。
その他の授乳中のトラブルに処方される漢方の多くは、通常は2〜3週間は続けることで効果を感じる方が多いです。また、慢性的な冷え性や体質改善には数か月続けることで効果を実感する場合もあります。
- 慶應義塾大学医学部漢方医学センター「漢方薬は長く飲まないと効きませんか?」(http://www.keio-kampo.jp/ja_1/page06.html#answer8,2020年10月21日最終閲覧)
- 嶋田豊(監)「漢方薬辞典 改訂版」40(主婦と生活社,2016)
複数の漢方を服用してもOK?
自己判断で複数の漢方薬を服用するのはやめましょう。漢方薬は複数の生薬で構成されているため、複数の漢方薬を服用すると生薬の成分が重複する可能性があります。
例えば「甘草(かんぞう)」という生薬はさまざまな漢方薬に含まれている成分で、漢方薬を複数飲むことで甘草の摂取量が多くなってしまうため副作用が起こりやすくなります。個人の体質や他の併用薬などの要素も関係するため複数の漢方薬を服用する場合は必ずかかりつけ医や薬剤師に相談しましょう。
- 嶋田豊(監)「漢方薬辞典 改訂版」40-41(主婦と生活社,2016)
- 田中良子(監)「薬効別服薬指導マニュアル」995(じほう,2020)
漢方の副作用
先程もご紹介したように、甘草のように成分によっては副作用に注意する必要があります。甘草による副作用としては、手足に力が入らない、高血圧、筋肉痛、むくみなどを症状として発見されることが多いです。
他には、成分が合わないと皮膚のかゆみなどを生じることがあります。漢方薬を服用して、皮膚のかゆみや発しんが出るなどいつもと違った症状を感じる時は服用をすぐに中止し、かかりつけ医や薬剤師に必ず報告しましょう。
- 嶋田豊(監)「漢方薬辞典 改訂版」40-41(主婦と生活社,2016)
- 田中良子(監)「薬効別服薬指導マニュアル」994,995(じほう,2020)
授乳中でも漢方薬は飲める!ただし医師や薬剤師に相談を
産後にはさまざまな不調が出ることがあります。産後の不調の原因は体力低下や血の不足など、漢方薬で補える場合も多くあり、適切に漢方薬を取り入れることで、授乳中の不調を解消する助けになります。
ただし、授乳中にどの漢方薬なら飲んでいいのか、また自分にどの漢方薬が合っているのかを確認するためにも、必ず医師や薬剤師に相談しましょう。
執筆:薬剤師 道川佳苗
薬剤師、調理師。明治薬科大学卒業後、調剤併設型ドラッグストアにて従事し服薬指導をする中、病気の予防、健康維持には食育が大切であると感じ、調理技術、栄養学を学ぶため服部栄養専門学校に入学し卒業する。その後、大手料理教室講師、漢方クリニックの門前薬局で煎じ薬の調剤、漢方相談、服薬指導などを経験。現在は今までの経験を活かし web上で健康相談や薬膳や漢方に関する情報発信をしている。